第228話 遭遇
その日の朝にさかのぼる。
豪華リゾートホテルの朝食バイキングを堪能したメンズボックス一行は、さっそく火山のある撮影場所にロケバス仕様のレンタカーで向かった。
「本当はキラウェア火山に行きたかったんだけどね。いくらオフシーズンでも観光客が多いから撮影は無理だろうってことになって、急遽、数年前に噴火したばかりの出来立て溶岩が広がる町に撮影のお願いをしたんだよ。そうしたら、ちょうど日本の芸能人が他にも一組撮影に来ているらしくて、向こうの邪魔にならない程度ならどうぞって言ってもらえたんだ」
車の中でスタッフの一人が今日の撮影場所について説明した。
「日本の芸能人が?」
すぐに御子柴がスタッフの言葉に反応した。
「うん。ラッキーだったよ。一組も二組も一緒だろうって、すぐに許可してもらえた」
「それで、その日本の芸能人って誰なんですか?」
御子柴が食いつく。
「さあ……。なんか極秘の撮影らしくて、教えてもらえなかったよ」
「へえ……。極秘の撮影ですか……」
御子柴はにやりと微笑んだ。
「まじっすか? それって男? 女? 若い女の子だったらいいなあ……」
大河原も期待に胸をふくらませる。
逆に志岐は嫌な予感に頭を抱えた。
そして廉は、まだ乗り物酔いが残っていて一番前の席でぐったりしている。
そして、朝早くから社長のスイートルームに呼び出されていた田中マネは、大きなため息をついて四人に注意した。
「君達はあくまで先約の芸能人のおこぼれで撮影許可をもらえたことを忘れないでくれ。彼らの撮影場所には踏み入らないし、邪魔にならないように空いている場所を使わせてもらうだけだ。それを忘れないようにね。撮影クルーを見かけたら、決して近づかないように」
社長に指示された通り、しっかりと釘をさす。
その用心深い物言いに、御子柴はそれが真音たちであると確信していた。
そして小声で志岐に耳打ちする。
「思いがけない形でビンゴを引き当てたみたいだな。まさか、そんなところでPV撮影していたとは思わなかった。やっぱりどんな障害があっても運命が導いてくれるみたいだ。ふははは。社長め、今頃青ざめてるぞ」
「でも、向こうで会えるかどうか分かりませんよ。大河原さんもいるし、あまり目立った行動もできないし……」
志岐は心配そうに告げる。
「そうだな。堕天使3の衣装とメイクってことは、まねちゃんはイザベル……いや、大河原さんにとっては蘭子の姿になってるってことだからな。大河原さんに気付かれずに、接触する必要がある。いざとなったら、志岐、お前が大河原さんを遠ざけてくれよ」
「言われなくてもそうするつもりですけど……」
大河原も心配だが幼児化した御子柴も心配だった。
「御子柴さんも、あくまでイザベルとして接してくださいよ。まねちゃんは、今でもイザベルの正体が自分だと俺たちが知らないと思ってるんですから」
「そうか。そういえば、そうだったな」
やっぱりと思ったが、忘れていたようだ。
堕天使3の地下ステージをこっそり見に行ったことも、真音は知らない。
堕天使3では真音と呼ばれていたので、イザベルと真音が結びつくのも時間の問題だとは思うが、ともかくまだ知らないと思っているのだ。
そこは、知られたくないという真音の気持ちを尊重したかった。
そうして辿り着いた撮影地は、思った以上に不思議な場所だった。
ジャングルのような庭を持つ民家がまばらに建つ住宅地に、黒光りのごつごつした溶岩が川のように覆いかぶさっている。
黒い溶岩と緑の木々が交互になっているような不思議な風景だ。
溶岩の合間に難を逃れて建つ家には、普通に今も人が住んでいるらしい。
その内の一軒が撮影拠点として協力してくれるようだ。
案内を買って出てくれた住人は英語しか話せないので、通訳のできるスタッフが話を聞く。
「どうやら家の裏手のジャングルの奥に、溶岩の崖が出来ているらしいよ。撮影スポットとしてお勧めだって言ってる。まずはそこに行ってみようか」
そんな説明を聞いて一行はジャングルを進むことになった。
「さむっ! 思ったより寒いよね。ホテルの辺りとずいぶん気温が違うよ」
廉が寒がるので、フード付きのコートを着込んで出発した。
そして住人が案内する溶岩の崖に辿り着いたところで、志岐はふと視線を感じた。
気になって見上げた崖の上に人影が見えた。
まさか、と思った。
充分警戒しているつもりだったが、それはあまりに唐突な出会いだった。
「……」
そこには、呆然と見上げる志岐とばっちり目を合わせて、崖下を覗き込む真音がいた。
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