第227話 ついに遭遇?

 翌日は朝早くに起こされた。


「撮影時間が変更になったの。午前のうちにこの家の周辺の溶岩道で撮影して、午後からは近くの溶岩洞窟の撮影許可が下りたから、そこに行きましょう」


 私達はまだ日の昇らない部屋で石田さんにメイクをしてもらいながら説明を受けた。


「溶岩洞窟?」


「ええ。このハワイ島には溶岩が流れる時に出来る溶岩洞窟がたくさんあるのよ。中でも国立公園内にあるサーストン溶岩トンネルは有名だけど、そこは観光客が多くて撮影は出来ないの。でもあまり観光地化されてない溶岩洞窟の方が規模は小さくても原始のパワーを感じる穴場らしいわ。午後からは、そんな洞窟の一つに行くことになったの」


「でもどうして急に?」


 当初の予定では、今日は終日ペリーの家の近辺での撮影だったはずだ。


「それがね、実は困ったことになったの」


「困ったこと?」


「ほら、飛行機で一緒になった粘着ストーカーファンがいたでしょう? 彼らがどうやらあなた達がこの辺りに泊まっていると嗅ぎ当てたらしいのよ」


「ええっ!!」


 佳澄が怯えた声を上げた。


「大丈夫よ。まだペリーの家までは特定できてないみたいだから。でもここで終日の撮影は危険かもしれないという社長の判断で、午前のうちにすべて撮り終えて移動しようということになったのよ」


「そ、それで大丈夫なのですか? 本当に見つからないかしら?」


 佳澄は真っ青な顔で震えている。


「心配しないで。私達スタッフがついているわ。それに昨日ペリーが言っていた別の芸能人が撮影に来るみたいだし、彼らが来る前に私達は撤収しようということになったの」


「別に一緒になってもいいじゃん。ダメなのか?」


 和希がけだるそうに衣装に着替えながら言う。

 早起きさせられて、少し不機嫌になっている。


「ダ、ダメよ。なんのために海外まできて秘密裏にPVを撮ってると思ってるのよ」


 田崎マネが言うと、和希は口をとがらせながらも納得したらしい。


「それでその芸能人って誰か分かったんですか?」


 私が尋ねると、田崎マネは裏返った声を上げた。


「え!? さ、さあ……。そ、そこまでは社長でも分からないみたいよ」


「社長も知らないということは夢見プロの人ではないんですね」


「そ、そうね。そうだと思うわ。うん、そうよ」


 なんだか昨日から田崎マネの様子がおかしい。


 ともかく、こうしてまだ暗い早朝から黒々とした溶岩道での撮影が始まった。




「足場が悪いからみんな気を付けてね」

「こけただけでも大けがになるから、慎重に歩いてね」


 溶岩でできた道は、噴き出したマグマのうねりをそのままに、ごつごつと歩きにくい。

 本来ならトレッキングシューズで歩くような地面だが、私達は堕天使3の厚底ブーツだ。


 とてもじゃないが踊り狂うようなことはできない。


 一部平らな地面があるところで少し踊りを入れたが、今日は溶岩の広がる荒野を三人で歩くシーンがほとんどだった。


 あとは少しポーズを決めてみたりしたが、激しい動きは少ない。


 しかも朝の気温は思った以上に低く、撮影の合間は分厚いベンチコートが必要だった。


 ただしワイルドな風景には事欠かない。

 ドローンも使って上空からも広大な原野を撮影する。


 溶岩の流れた道の上から、難を逃れた緑の森を見下ろすような場所もある。


 黒光りのする溶岩と木々の生い茂る森とのコントラストが面白い。


「うひゃあ~。見ろよ、真音。ここは溶岩の崖みたいになってるぞ」


「ほんとですね。この下のジャングルは、誰かの家の敷地のようですね」


 急速に冷えた溶岩がジャングルの木々で堰き止められて高さ3メートルほどの崖を作っていた。下には焼け焦げた木々が枯れ、ひらけた空間が出来ている。

 私達はその崖の上に立っている。


 火曜サスペンスを撮るにはうってつけの崖だ。


 これだけの厚みの溶岩が流れたのかと、感心して下を覗いていた私達は、そのジャングルの茂みから大勢の人が歩いてくるのに気付いた。


 この森を所有する住人かと思ったが、ずいぶん人数が多い。


「なんか日本人っぽいな」

「あ、大きなカメラを持ってますよ」


「ということはペリーの言ってた日本の芸能人か」

「みたいですね。誰だろう?」


 和希はしゃがんで下を覗き込み、佳澄は「もう、和希危ないですよ~」と崖の端に身を乗り出そうとするのを引っ張って注意していた。


 私は視界の悪い仮面をはずして目をこらすが、木々が生い茂っていてよく見えない。


 それに彼らも寒そうに大きなフードをかぶっていて顔が見えない。


「とりあえず男性芸能人みたいですね」


 見たところスタッフを含め、男性ばかりのようだ。


 誰だろうと眺めていた私は、ふとその中の一人に視線を止めた。


 ん?


 フードつきのコートではっきり体型は分からないが……。


 なんだか輝くようなオーラを放っている?


 それは私がよく知っている輝きだ。


 いつもいつも垣間見てきた麗しい殿上人てんじょうびとの輝きに似ている。


 志岐くん? まさか……ね。


 彼がこんなところにいるはずがない。

 そんなことはあり得ない。


 もしかして、しばらく会えなかったせいで私の悪い病気が?


 志岐くんロスで、幻影が見えてしまってるの?


 充分ありえる。

 なにせ志岐くんロス病の前歴もあるのだ。


「ないない、ありえない……」


 そう呟いた私の声に呼応するように、そのフードの男性は急にこちらを見上げた。


 そして私と目が合った。


 それは紛れもなく……。


「志岐くん……?」


 驚いたことに目を丸くしてこちらを見上げる志岐くんが……立っていた。




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