第226話 和希の想い

「なあ、真音。志岐ってさあ、どんなやつ?」


「えっ!?」


 ベッドで寝支度をしている私に、唐突に和希が尋ねた。

 佳澄はすでに端のベッドで寝息をたてていた。


「な、なぜそんなことを聞くのですか?」


「いや……なんか今まで会ったクズ男たちと違うなと思ってさ……」


 和希はベッドに寝そべったまま、天井を見つめ独り言のようにつぶやいた。


「あ、当たり前ですよ。志岐くんはどこをどう切り取ってもクズ男の要素は一つもないですから。小学三年の頃から知っている私が言うのだから間違いありません」


「小学三年から? じゃあ、二人は幼馴染なんだ」


「幼馴染というか、志岐くんが私の存在に気付いたのは去年からですけど……」


 私だけが一方的に垣間かいま見ていた。

 こういうのは昔から知っていても幼馴染とは言わないだろう。


「え? それまで志岐は真音のこと知らなかったのか?」


「高校までで同じクラスになったのは小学三年の三学期だけですから。それに志岐くんは野球に夢中で、野球のことしか考えてなかったみたいだし……」


 自分を弁護するなら、私以外の女子もほとんど覚えていないはずだ。


「ふーん。てっきり志岐って真音のことが好きなのかと思ってたけど……」


「バ、バカなこと言わないでください。志岐くんはいずれ御子柴さんと並ぶ大スターになる人ですよ。私なんかを好きなわけがないです!」


 私は志岐くんをバカにするな! という非難を込めて言い放った。


「でも真音だってアイドルだろ? あり得ない組み合わせじゃないじゃん」


「アイドルはアイドルでも仮面ドールですよ? 顔出しNGアイドルですから」


 そんなアイドルいるのかとも思うが、現にここにいるのだから仕方がない。


「じゃあ、真音はどうなんだ?」


「え?」


「だから、真音は志岐を好きなのか?」


「な、なな、ななななにを……」


「動揺しすぎだろ。やっぱり真音は好きなのか」


 和希は可笑しそうに笑って、当たり前のように言った。


「ま、まま、まままさか! 私が志岐くんを好きなんて……そんな罪深いこと……」


「罪深いってなんで? 別に好きでもいいじゃん」


「ダ、ダメですっ! そんなこと、絶対あってはならないのですっ!!」


「なんでさ。好きになるのは自由だろ?」


「いえ! 私は志岐くんの一ファンとして、遠くから垣間見るだけの存在で……」


「全然遠くから垣間見てないじゃん。がっつり一番近くにいるように見えるけど」


「そ、それは……」


 返す言葉もない。

 ファンとしての距離を保つことを信念にしてきたはずだったのに……。


 この一年の間に、すっかりそのおきては崩れて、志岐くんが優しいのをいいことに近付いてしまっている。


「す、少し仕事の関係で近付き過ぎていましたが、仕事の縁がなくなればいずれ離れていく人です。今だけです」


 そう。永遠に志岐くんのそばにいられるわけではない。


 高校も卒業して、大スターの階段をのぼっていけば、いずれ雲の上の人になる。


「真音はそれでいいのか?」


「も、もちろんです。志岐くんが大スターになるのが夢だったんですから」


 いずれその時がくるのは分かっている。


 その時がくれば、私は一ファンに戻ってひそかに応援するつもりだ。


 だから今だけ。

 仕事がつながっている今だけそばにいさせてほしい。


「今だけで充分なんです……」


 自分に言い聞かせるように、私は呟いた。


「ふーん。そっか……。だったら……よかった……」


「え?」


 何がよかったんだろうと聞こうとしたが、和希は安心したように眠りに落ちていた。

 心地よいリズムの寝息が聞こえている。


「和希は何が言いたかったんだろう……」


 私は何かもやもやする気持ちを抱えて、なかなか寝付けなかった。




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