第225話 ペリーの悲恋
夕食は一階のダイニングでペリーさんの手料理を頂いた。
ペリーは意外にも料理上手で、食卓いっぱいにハワイ料理が並ぶ。
エビを殻ごと調理したガーリックシュリンプに、サーモンとアボカドをあえたポキ、ワイルドな大きさのスペアリブ。そしてお寿司風スパム。
大皿にてんこ盛りになっているのがペリーらしくてワイルドだが、味は繊細でとても美味しい。和希などはスペアリブに夢中でかぶりついている。
「あなた達はまだ未成年でーすね。お酒が飲めなくて残念でーす」
ペリーは言いながら大きなグラスに並々入れた透明なお酒を飲み干した。
「ぷふー。働いた後のジンは最高でーす。ジンは女神ペレの一番好きなお酒でーす」
お酒の好みまで女神と同じらしい。
同じようにジンを出された田崎さんと石田さんも酔わない程度に付き合っている。
「あなたたーち、小さな子供のように見えまーすが、化粧をすると別人なりまーすね。素晴らしかったでーす。とてもエクセレントな光景でした」
ペリーは途中から夕食の買い出しに行くといっていなくなったが、それまでは一つ一つのアクションに人一倍感動して、ワンダホー、ワンダホーと騒いでいた。
「そういえば、買い物先で日本人の女の子達いましたね。何かひどく興奮していまーした」
「興奮していた? まさか、どこかでボルケーノの噴火が?」
私の頭にはすぐにボルケーノが浮かんだ。
「いいえ。違いまーす。誰か有名人に会ったようでーした。日本から他にタレントが来ているみたいでーす」
「日本からのタレント?」
私は首を傾げて田崎マネを見た。
田崎マネなら、そういう情報も持っているのかと思ったのだが……。
「そ、そうなんですね。まあハワイに来る日本の芸能人は多いですからね。他にも何人か来ていても不思議はないですね。だ、誰が来ているのかしら?」
田崎マネは、妙に慌てているように見えた。
「さっき聞いたのでーすが、ちょうど明日この地域で撮影させてもらえないかと町に打診があったようでーす。急なことで観光地の撮影許可が間に合わなかったみたいでーす」
「えっっ!!」
田崎マネが素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしたんですか、田崎さん?」
「あ、いえ。撮影場所が重なると困るなと思って……。もちろん断ったんですよね?」
「私の敷地は先客がいるからと断りまーしたが、町内会全体としては断る理由もないので許可したと思いまーすね。町内の人みんな、日本の観光客たくさん来て欲しいでーす」
「……」
心なしか田崎さんの顔色が青ざめている。
「大丈夫ですか、田崎さん?」
「あ、うん。ちょっとお酒に酔ってしまったかも。部屋に戻って酔いをさましてくるわね」
田崎さんはスマホを持って慌てたように立ち上がる。
「大丈夫ですか、田崎さん。部屋まで送ります」
石田さんも心配そうに立ち上がった。
「あなた達は、ペリーさんとゆっくり食事してて」
二人はそう言い残して、そそくさと二階の自室に上がっていった。
残された私達三人に、ペリーは酔いがまわってきたのか恋ばなを始めた。
「あなた達、みんなとってもキュートね。恋人はいるでーすか?」
佳澄は恐ろしいことのようにブルブルと首をふり、和希はスペアリブの骨にかじりつきながら嫌そうな顔をして、私は「三人ともいません」と答えた。
「オーマイガー。こんなに魅力的なのにどうしてでーすか?」
「私達は男嫌いということで堕天使3というアイドル名を付けられたんです。私はともかく、二人は男性が苦手なんです」
私が三人を代表して答えた。
「そういうことでーしたか。それはいいことでーす。あなた達は女神ペレに認められることでしょう。男などを信じてはいけませーん。あなた達は正しいでーす」
「女神様も男嫌いなのですか?」
「ノンノン。女神ペレはハンサムな男大好きでーすね。でもハンサムな男、すぐに裏切りまーすね。ペレは情熱的で愛情深い美しい女神でーす。それなのに男達はその深い愛を
ちょっと愛情が激し過ぎて逃げたくなる気持ちも分かるような気がするが……。
「その通りですわ、ぺりーさんっ!!」
しかし今まで静かに食事していた佳澄が食いついた。
「まあ、佳澄。あなたはペレの気持ちが分かりまーすか? 嬉しいでーす」
「ええ。分かりますわ。男なんて信じてはいけません。おぞましくていやらしくて、女性を傷つけることしか出来ない存在ですわ」
「おお! 佳澄。あなたはペレの信奉者になれることでしょう。素晴らしいでーす!」
佳澄の男嫌いの原因を聞いたことはないが、なにかしら生い立ちの中で男性不審になるような出来事があったのかもしれない。そしてペリーも……。
「ペリーは、男性に裏切られたことがあるのですか?」
私が尋ねると、ペリーの目からゴオオッと炎が燃え上がったような気がした。
あれ? 禁句だった? 聞いちゃダメだった?
だが、ペリーは急にしんみりとして、体に似合わない小さな声で呟いた。
「私には……結婚を約束した男性いまーしたね。とてもハンサムな人でした。私は一目で恋に落ちまーした。その人の周りだけ光り輝いているように見えまーしたね」
「その人の周りだけ……」
その感覚は分かる。
私も志岐くんに初めて会った瞬間、そんな風に感じた。
それから御子柴さんや和希にも、特別な輝きが見えるような気がする。
私の感じた衝撃のようなものと同じような感覚なのだろうか。
「私はすぐにアプローチしまーしたね。この人以外いないと思ったのでーす。ためらう理由などありませーん。プッシュしました。猛プッシュ猛プッシュでーすねー」
ペリーのプッシュ圧は凄そうだ。
並の男なら、逆らうことも出来ずに応じてしまうことだろう。
よくよく思い出してみれば、野球の出来なくなった志岐くんにした私の激しい猛プッシュに似ているかもしれない。
それまでは遠くから見守るだけのつもりで、存在感を示したことはなかったが、あの時の私は恋に邁進するペリーのように、志岐くんにすごい圧をかけていたに違いない。
そして私の圧に負けて、志岐くんは芸能界に足を踏み入れたのだ。
こうして客観的に見ると、私って志岐くんにとってすごく重い相手じゃない?
なんだか急に不安になってきた。
「そ、それで……その人とはどうなったのですか?」
現在も独身らしいペリーから出る答えは想像がつく。
だが聞かずにはいられない。
「彼は私の愛に答えてくれまーした。私達は深く深く愛し合いまーした。それなのに……」
うう。聞きたくないけど、聞きたい。
「彼は私を裏切りました。他の女性と恋に落ち、彼女と結婚したのでーす」
ううう。やっぱり? そういう結末よね。
ペリーの言葉で、食卓はしんと静まり返った。
その言葉に誰より落ち込んだのは私だった。
まるで自分の未来を見たような気がする。
志岐くん愛の深すぎる私は、そう遠くない未来、誰か素敵な女性と恋に落ちる志岐くんを目の当たりにすることだろう。
少し前まではファンの一人として祝福できる自信があったはずなのに……。
今の私にはいつの間にか想像する勇気すらなくなっていることに気付いて愕然とした。
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