第224話 女神ペレの神話
「三人とも、今日の撮影は、ペリーの家の裏手に広がるジャングルで行いますからね」
スタッフは到着するとすぐに今日のスケジュールを説明した。
急な撮影だったので撮影許可のいらない私有地でのロケの方が都合いい。
この辺り一帯の私有地は、顔の広いペリーの口利きで好きなように撮っていいらしい。
ジャングルと溶岩道の広がるワイルドな場所だ。
今日は大ぶりなハワイ産植物が生い茂るジャングルがメインだった。
「オーマイガ、オーマイガ! お化粧すると、みんな変身しましたね。なんてキュートなのでしょーう!」
ペリーは石田さんのメイクを終えた和希と佳澄を見て、両手を祈るように合わせて叫んだ。
そして隣に立つ、ゴスロリイザベルの私を見て固まった。
「オー……マイ……ガーッ……」
いや、私にだけ声を落としてひそやかに言うのやめて。
「あなたは真音で~すか? まったく別人で~すね。エクセレント!!」
どうやら白塗りの死体顔は気に入られたようだ。
「みんな素晴らしく綺麗です。だから森に入る時には気を付けてくださ~い」
「気をつける?」
田崎マネが心配そうに聞き返した。
「この辺りの森は女神ペレの支配地でもあります。ペレはとっても嫉妬深い神様で~すね」
「神様なのに嫉妬深いんですか?」
私は仕上げの厚底ブーツを履きながら尋ねた。
「イエス、イエス。女神ペレには悲しい神話が語り継がれているので~す」
「悲しい神話?」
「そうで~す。ペレはカウアイ島に住む王子と恋に落ちたのです。お互いに一目ぼれでした。情熱的な激しい恋。それなのに……それなのに王子は……王子は……」
言葉を途切れさせたペリーの顔に激しい怒りが浮かんだ。
ペリーの血が燃えたぎり、ごおおっと炎の幻影が見えたような気がした。
「ぺ、ペリー?」
だが、名を呼ばれてすぐに元のペリーに戻る。
「いえ、なんでもないでーす。ともかく美しい女性が森に入ると、ペレに嫉妬されて怪我をすると言われていまーす。森に入る前に祈りを捧げるのでーす。そして森に入る許可をいただくのでーす。それから森に芽吹くものは何一つ持ち帰ってはいけませーん。特にオヘロベリーは絶対とってはいけませーんよ」
「オヘロベリー?」
「ペレの大好物の
ペリーは呪文のようにボルケーノを繰り返す。
ここに到着してからボルケーノの単語をすでに百回は聞いた気がする。
いや、半分ぐらいは私の幻聴かもしれない。
「わ、分かりました。木苺を取らなければいいんですよね? 気を付けます」
ペリーに案内役になってもらって、要所要所で祈りを捧げ、ペレの許しを得てPV撮影が始まった。
PVのコンセプトとしては、闇に堕ちた私達三人の堕天使が光の存在から逃げるようにジャングルを走り回り、やがて出会った三人はお互いに助け合い共に歩むことを誓うというものだ。
地上に堕ちるシーンは、後でスタジオで撮ったものを合成するとしても、ジャングルに降り立ち、逃げ回るシーンをいろんな角度から撮り貯めたいらしい。
「じゃあ、和希ちゃん、そこから後ろを振り返りながらこっちまで走ってきて」
「佳澄ちゃん、怯えたような表情でここを走り抜けてくれるかな」
「真音ちゃん、走る姿勢が完璧すぎて仮面ドールに見えるよ。うん、いいねえ」
衣装は黒を基調としたフリルのついた制服風ワンピースにマントをつけている。
和希は剣を持った紫の勇者。
佳澄はリボンのついたバトンを持つ緑の魔法使い。
私は長剣を持つ青の仮面ドール剣士。
三人とも仮面をつけたまま、マントを
仮面は視界を遮るし、マントは小枝にひっかかるし、何度も撮り直しながらひたすら森の中を走り回った。
撮影初日を終えると三人ともぐったりと疲れ切っていた。
だが、撮影はとても順調に終えることができた。
「いやあ、素晴らしい出来だよ」
「これはすごいものが出来るよ」
「この森の雰囲気と三人の姿がよく合っている」
「さすが社長だ。思った以上にいいものが撮れたよ」
日が暮れると撮影スタッフはすっかり満足して、ホテルへと戻っていった。
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