第223話 女神ペレ
ペリーの家の二階には、四人部屋が一つと二人部屋が二つあった。
どうやら普段はハワイ島に滞在する人に向けたレンタルルームをしているらしい。
「数年前のボルケーノ噴火で最近は一時ステイの人ばかりね。今はたまたま全室開いているから良かったで~す」
四人部屋に私達三人が泊まって、二人部屋を田崎マネと石田さんがそれぞれ一室ずつ使うようだ。部外者と一緒にならないように社長が全室借り切ったらしい。
「噴火って、この辺りにも被害があったんですか?」
「イエス、イエス。数か所でボルケーノ噴火が起こって流れ出る溶岩が住宅地を呑み込みましたね。ほら、見てくださ~い。お隣は残念ながら溶岩で全焼してしまいまーした」
ペリーは部屋の窓を開け、外の景色を指差した。
ん? お隣? お隣ってお隣? いや、それ以外の意味ないよね?
私はまさかと思いながら窓の外を覗き込む。
そして、ありえないものを見た。
「ペリーさん……。まさかと思いますが……あのドス黒いごつごつした地面は……」
「イエス。溶岩が流れたところで~すね」
ひいいいい。うそでしょ……。
高台にあるこの家の周辺は木々の生い茂る広大なジャングルになっているが、その木々に覆いかぶさるように黒く隆起したような溶岩の道が川のようにできている。
しかも二階の窓から見えるすぐ近くだ。
お隣といっても日本のように手が届くようなお隣ではなく、森を挟んだお隣ではあるが、そこに溶岩に半分埋まって焼け残った家の残骸のようなものが見えた。
こ、ここは人が住んでいい場所なの?
青ざめる私を見て、察したようにペリーが告げる。
「大丈夫で~すよ。日本人、とっても心配症ね。すでにボルケーノは終息してま~すね。それにハワイ島の溶岩はゆっくり進むので噴火してからでも逃げられま~す。火山ガスにだけ注意すれば大丈夫で~す。数年前のボルケーノ噴火も死者は一人もでてませ~んね。ボルケーノ」
ペリーの話には時々いろんな英語が混ざり込んでいるが、私に聞き取れる英語の単語はボルケーノだけだ。やたらにボルケーノ、ボルケーノと言っているのだけは分かった。
もはや幻聴のようにボルケーノという単語が意味もなくあちこちに聞こえる。
「でも今、急に噴火することだってあるんですよね?」
「もちろん可能性はゼロではありませんが、噴火の前に女神ペレが教えてくれま~すね」
「女神ペレが? どうやって?」
「地を揺らします。いわゆる地震で~すね」
そ、そりゃあ噴火の前には地震が頻発するだろうけど……。
「それに私には女神ペレの加護がありま~すね。だから数年前のボルケーノも私の家は溶岩の道から逸れましたね。心配ありませ~ん」
いや、めっちゃ心配だし。
そんなのただの偶然かもしれないし。
「ここに住む人々はみんな噴火のリスクを覚悟していま~すね。リビングでくつろいでいると、時々地下のマグマのうねりを感じることがありま~す。私達は、女神ペレの息吹を感じながら暮らしているので~す。偉大な女神と深いところでつながっているので~す」
ペリーは見た目通りにワイルドな人だった。
だが、そんな彼女が恥ずかしそうに謙遜(?)する。
「私なんてまだまだペレに近付けていませーん。もっとすごい人いまーすね。溶岩の上に家を建てている人もいま~す」
ペリーが別の窓を開けて示した先には、ごつごつの黒光りして固まった溶岩の上に小屋のようなものが建っているのが見えた。
ひいいいい。
溶岩の上に家を建てたの?
ワ、ワイルド過ぎるぞ。ハワイアン……。
これはやばいところに来てしまった。
社長め、なに考えてんだああ!
佳澄と和希もさぞ不安だろうと思ったが……。
「ボルケーノ? 私はボルケーノよりも粘着男性ストーカーの方が怖いです」
「ま、ペリーが大丈夫ってんだから、大丈夫じゃね?」
二人は気にした様子もなく自分のベッド脇に荷物を置いてくつろいでいる。
この二人も、あまり物事を深く考える人間ではなかった。
マネージャー気質の私だけがあれこれ不安をつのらせている。
え? 私が心配性過ぎるの?
なんか、だんだん分からなくなってきた。
人というのは、こうしてあり得ない状況も受け入れていくものなのかもしれない。
荷解きをして、ペリーさんのお手製タロイモメインの昼食を食べ終えると、すぐに堕天使3の衣装に着替えて石田さんにイザベルメイクをしてもらうことになった。
別ホテルのチェックインを済ませた男性スタッフが来るのを待って、すぐさまPVの撮影に行くことになっている。
ともかくさっさと撮影を終わらせて、ここから脱出するしかあるまい。
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