第222話 メンズボックス四天王

「あー、いいねえ。その横顔! 最高だよ御子柴くん」

「志岐くん、ボタンを一つはずして胸板がちらりと見えるようにしてみようか。お、いいね」

「大河原くん、日差しをめいっぱい浴びている感じを出して。うん、いいよ」

「青空の下の気だるい表情がいいねえ、廉くん」


 メンズボックス四天王は、ホテルに着くなりプールサイドの一画で撮影を始めた。


 早めに撮影を終わらせて後からゆっくり自由時間が欲しいという御子柴の要望に沿っている。

 編集部としても、その方がありがたい。


 南国の天気は変わりやすく、晴れているうちに撮れ高を確保しておきたい。


 大河原も後でナンパでもしてバカンスを楽しもうと思っているから異論はない。

 まだ乗り物酔いの残る廉だけがずっと気だるい表情だったが、普段テンションの高い廉の別の一面が撮れて、これも悪くなかった。


「どうやら、さっき社長が言ってたことは本当らしい」

「え?」


 撮影の合間に御子柴に耳打ちされて、志岐は聞き返した。


「まねちゃんだよ。本当にこのホテルには泊まってないみたいだ」

「そ、そうなんですか?」


 志岐としては、むしろその方が良かったのでは……と思っていた。


 このメンズボックスの四人と堕天使3に扮した真音たちが会えば、ろくなことにならない。

 そんな予感しかしない。


 だが御子柴は、なにがなんでも真音に会いたいらしい。

 もうこれは意地になっている。

 真音の言うところの、幼児御子柴になっているらしいと、付き合いの長い志岐もだんだん分かってきた。


「社長め。まねちゃんをどこに隠したんだ。絶対突き止めてやる」


「隠すっていうか、PVの撮影をするために来たんだから仕方ないですよ」


 志岐は苦笑しながら、御子柴をなだめるしかなかった。


 ともかく一日目はプールサイドとビーチで充分すぎるほどの撮れ高を確保した。

 出発前に予定していたスケジュールをほぼすべてやり切った。


「なんかもうビーチは腹いっぱいだな。思ったより日本の女の子がいないし」


 大河原は海でひと泳ぎしてきたのか、濡れた髪をかき上げながらぼやいた。


「元気だよね、大河原さん。僕はこの暑さにバテたよ。涼しいところに行きたい」


 廉はパラソルの下の日陰で、ずっと寝そべっている。

 アウトドアは苦手らしい。


「日本の三人組の女の子はいなかったですか? 大河原さん」


 御子柴は撮影場所が変わるたびにキョロキョロと辺りを見回しているが、今のところ真音たちらしき集団は見かけなかった。


「三人組? なんで三人組? 探すなら俺たちと数を合わせて四人組の方がいいだろ?」


 大河原の発想はすべてナンパ基準だ。


「僕は入れなくていいよ。りこぴょんがいるし」


 廉はハワイに来る直前に、りこぴょんと復縁していた。


「バカだな、お前。海外なら浮気してもバレないって。今がチャンスだぞ」


「僕は浮気なんてしないよ。りこぴょん一筋だから。志岐もナンパとか苦手そうだよね」


「は、はい。俺も人数に入れなくていいです」


「けっ。なんだよなあ。ノリの悪いやつらだな。なあ、御子柴」


「俺も結構です。大河原さん一人でバカンスを楽しんでください」


「なんだよ、お前ら! くそ! とびっきり可愛い子見つけてくるからな。あとで羨ましがれよ。蘭子みたいな従順でいじらしい子を見つけてやるんだ!」


 蘭子の名前が出たことで、志岐と御子柴はぎくりとした。


「大河原さん、まだ蘭子に執着してたんですか?」


 映画の撮影が終わってしばらくは蘭子を引きずっていたが、もう忘れたものだと思っていた。


「当たり前だ。俺は蘭子に出会って気付いたんだ。俺の理想の女は、蘭子みたいな子だって」


「蘭子は映画の中の配役ですよ? 実在する人物じゃないのに?」


「いーや、蘭子は実在する! 俺は必ず見つけてみせる!」


 志岐は再び嫌な予感に頭を抱えた。

 これは何としても真音に会わせてはいけないと心に誓う。


「あー、それにしても空港にいた日本人の女の子たちもいないし、みんなどこに行ったんだ? ハワイつったらビーチじゃないのかよ」


 その大河原のぼやきに答えたのは、側にいた編集部のスタッフだった。


「ハワイ島に来る女の子たちはビーチが目当てじゃないかもしれないよ」


「え? じゃあどこに?」


「ハワイ島に来る女の子に人気なのは、マウナ・ケアの星空観測かなあ。それからキラウェアの火山も人気だよね。数年前に火山が大規模に噴火してずいぶん様変わりしたみたいだけど、溶岩トンネルなんかもあってツアーで巡る子が多いらしいよ」


「ふーん、火山か。ビキニの女の子がいないのは残念だけど、ワイルドな写真が撮れそうだな。ハワイなのにチャラチャラしてない硬派な俺。SNSにアップしたら好感度上がるかな」


「うん。実はスタッフの間でも、ビーチの写真は充分撮れたから、明日はワイルドな四人を撮ってみようかって話になっててね。みんなが良ければキラウェア方面に行こうかと思うんだけど、いいかな」


「いいっすよ。なあ、みんな!」


 大いに乗り気になった大河原が声を上げた。


「火山か。いいですけど、三日目は自由にしてもらえますか?」


「ああ。もちろんだよ、御子柴くん。売り上げ倍増のごほうび企画だからね。みんなにはバカンスを楽しんでもらうつもりだから。廉くんもいいかな?」


「暑くないところがいいですけど……」


「ああ。それは心配ないよ。標高が高いからこことは全然違う気候なんだ。涼しいよ。志岐くんも大丈夫?」


「はい。僕はみんなが良ければいいです」


 一番下っ端の志岐は、快く請け負った。


 さすがにそんなところに一応アイドルでもある真音たちがいないだろうと思っていた。

 アイドルといえば青い海と白い砂浜。

 アイドルにうとい志岐でも、そんなイメージを持っていた。


 だがそんな常識通りのアイドルではないと、この時の志岐はまったく気付いていなかった。



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