第221話 ボルケーノ
「ここはどこ……?」
私たちはペリーの四輪駆動車から降り立って、呟いた。
コナ空港から豪華なホテルが建ち並ぶリゾート地を抜けると、のどかな牧場群も通り抜け、青い海の見える海岸通りも過ぎて、また賑やかな街に出た。
飛行機が見えたからこちらにも空港があるらしい。
「こちら側の空港には日本からの直行便は今はな~いですね」
……ということで島の反対側の空港も通り過ぎた。
このまま島を一周するつもりかと思ったが、空港を過ぎるといきなり車はジャングルに入っていった。しかもどんどん道が悪くなって、四輪駆動車のタイヤすら悲鳴を上げている。
そして辿り着いたのは、ジャングルの中にポツンと建つ一軒家だ。
見渡す限り南国の木々が生い茂り、ご近所さんすら見当たらない。
「青い海は? 白い砂浜は? ここはハワイじゃなかったんですか?」
「ノー、ノー。ハワイ島は海も素晴らしいけれど、一番
「ボルケーノ?」
ペリーの言葉に首を傾げながら和希と佳澄を見た。
二人とも勉強嫌いなので首を振って分からないと表現した。
ボルケーノってなんだっけ?
絶対知っている単語だが、ど忘れした。
たぶん心が拒絶しているのだ。
私の中のハワイのイメージと結びつけたくないとシナプスが抵抗している。
「さあさあ、入ってくださ~い。部屋に案内しま~すね」
ペリーの筋肉質な手で押されて、私たちは家の中に案内された。
家自体は、白塗りのフェンスとデッキのある開放的な玄関と黄色の壁が可愛いアメリカンな二階建てだ。思ったより広くて綺麗に手入れされている。
ただ、玄関を入ると目前にいきなり巨大な絵画が飾ってあった。人物画だ。
そのインパクトに驚かされる。なぜなら……。
「じ、自画像ですか?」
赤いワンピースに赤い花冠をつけた、まさにペリーそっくりの絵だった。
「まあ! まあ、まあ! なんて素敵なことを言うのでしょーう。あなたは……え~っと真音でーしたね。でもノンノン。これは私ではありませ~んよ。女神ペレでーす」
「女神ペレ……」
いや、どこから見てもペリーさんにしか見えませんけど。
「あ、ここにもありますね。力強くて素敵な女性ですわ」
佳澄は廊下に飾られたA4ぐらいの額縁に見入って惚れ惚れしている。
佳澄の男嫌いは、筋肉質な肉体とは関係ないらしい。
「オー、あなたは確か佳澄でーすね。見る目がありまーすね。ペレは最高の女性で~す」
いや、それはペリーさんに似ているからでしょ?
「うおっ! こっちにもあるぞ。ペレだらけだ」
和希がリビングに入って声を上げた。
確かに広々としたリビングのあちこちに同じ女神の絵が飾られている。
「そうでーす。あなたは和希でーしたね。このハワイ島は女神ペレの住まう場所なのでーす。そして私は女神ペレの信奉者でーす」
うん。言われなくても分かった。
信奉しすぎて、外見はほぼ本人になってしまっているし。
「私の両親も女神ペレを愛していまーしたね。だから私の名をペリーに決めまーした」
いや、ペリーって日本人にとっては黒船に乗ってるイメージの方が強いんだけど。
そしてリビングの真ん中に飾られた絵を見て、私はボルケーノの意味を思い出した。
その絵の女神の髪は黒々とした山並みを描いていて、所々で溶岩が流れるように赤い道を作っている。そして前で重ねた両手には炎が燃えたぎっている。
「火山……」
そうだ。ボルケーノは火山。確かそんな意味だった。
そんな私に後からリビングに入ってきた田崎マネが肯いた。
「そうよ。
「そ、そんなあ。アイドルのPVといえば青い海と白い砂浜じゃないですか!」
ハワイと聞いて、てっきりぶりぶりビキニを着て砂浜で踊るのだと思っていた。
私のビキニ姿など誰得とは思ったが、仮面もつけることだしと覚悟を決めてたのに。
「考えてみなさいよ。あなた達は堕天使なのよ。青い海と白い砂浜が似合うと思うの?」
い、言われてみれば……。
普通の可愛いアイドルとは毛色が違うのだった。
「それに仮面ドール、イザベルの衣装に、ぶりぶりのビキニの用意はありませんから」
メイクの石田さんが、もっともなことを言った。
そうだった……。
あの死体顔のイザベルがビキニなんか着て寝そべっていたら、もはや死体にしか見えない。
気付かなかったあああ。
こうして、私たち三人は夢の国ハワイの幻想を早々に捨て去ったのだった。
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