第220話 残念なお知らせ
「どれどれ、可愛い子はいないかな、と」
大河原は入国審査のゲートに並びながらサングラスをずらして辺りを見渡した。
「大河原さん、ちゃんとサングラスしてください。バレたら騒ぎになりますから」
御子柴は大河原の視界を
「なんだよ、マジメちゃんかよ、御子柴。小さい島だから少々バレたっていいじゃん。こういうところで羽を伸ばさないと女の子と知り合う機会なんてないだろ?」
大河原と真音を会わせたくない御子柴は、必死で視界を遮る。
「おっ?! あれは?」
大河原の言葉にぎくりとした。
「な、なんですか?」
「いや、なんかコソコソしてる怪しい集団がいるな。日本人だよな、あれ」
御子柴はまずいと思いながら、大河原の前に立ちはだかる。
「日本からついてきたストーカーファンかもしれませんよ。見つからない方がいいですって」
「なんでだよ。せっかく追っかけてきてくれたんなら挨拶ぐらいしてあげようぜ」
そのまま列を出て後方に行こうとする大河原の前に、ぬっと大柄な男が通せんぼする。ぎょっと驚いて、大河原は後ずさりした。
「審査の順番が来ましたよ。進んでください、大河原さん」
静かで丁寧だが有無を言わせぬ圧力にたじろぐ。
「な、なんだよ志岐。お前って立ってるだけで威圧感があるんだよ。びっくりするだろ。分かったよ、進めばいいんだろ。もう、なんなの、お前ら。廉もなんとか言ってくれよ」
「僕は疲れたよ。早くホテルに行こうよ」
長いフライトで時差ボケの廉が急かしてくれたおかげで、なんとか乗り切った。
だがロータリーに向かう途中で真音たちが猛スピードで駆け抜けるところに遭遇してしまった。何を吹き込まれたのか知らないが、やけに緊迫した雰囲気で走っていった。
大河原が気付いて「あ!」と声を上げたので、志岐と御子柴は再びぎくりとした。
「な、なんですか? 大河原さん」
「いや、ほら、さっきのコソコソしてた日本人だよ。なにをあんなに慌ててるんだろう?」
「関わらない方がいいですって。ほら、ロータリーに向かいましょう。迎えの車が来ますから。志岐、大河原さんの荷物も持ってやれ」
「はい。行きましょう、大河原さん」
志岐が大河原のスーツケースを押して、御子柴がぐいぐいと背中を押す。
「なんなんだよ、お前ら。さっきから様子が変だぞ。なあ、廉?」
大河原は再び廉に同意を求めたが……。
「うー、気持ち悪い。飛行機に酔ったみたいだ。早くホテルに行こうよ」
またしても乗り物酔いの廉に助けられた。
だが、なかなか迎えの車が来ずロータリーで待ちぼうけになっていた。
メンズボックスのスタッフはどこかに電話しながら慌てている。
そんな四人の前に、すっと長いリムジンが止まった。
そして後部座席の窓が音もなくすっと開き、社長が顔を出す。
「なんだ、まだ迎えが来ないのか。メンズボックスのスタッフも手際が悪いな。観光客が気付き始めているぞ」
四人が振り返ると、日本人の女性観光客たちが遠巻きにこちらを見てコソコソ話している。
大河原が手を振ると「きゃあああ、やっぱり!」と騒ぎ出した。
「……ったく、仕方がない。乗りなさい。どうせ行き先は同じだ」
結局、四人は社長のリムジンでホテルに向かうことになった。
◆
「おい、廉、大丈夫か? 気分転換に俺がレア動画を見せてやるよ。乗り物酔いも吹っ飛ぶぞ。ほら、見てみろ。な? すごいだろ?」
「うう。気持ち悪い。やめてよ大河原さん。余計気分が悪くなってきたよ」
スタッフを挟んで前方の席では、大河原が廉を介抱(?)している。
そして最後部を陣取る社長の両脇に志岐と御子柴が座っていた。
「まねちゃん達はリムジンに乗せないんですね」
「当たり前だ。まだ無名のアイドルを甘やかすとろくなことにならない」
社長はウェルカムシャンパンのグラスを優雅に傾けながら答えた。
「ところで、社長。まねちゃん達が、さっき緊迫した雰囲気で俺達の横を駆け抜けて行きましたけど何を吹き込んだんですか?」
社長は勝ち誇るように、にやりと微笑んだ。
「ふふふ。粘着質で恐ろしいストーカーファンがビジネスクラスに乗っていると伝えた」
「な! まさか俺のことじゃないでしょうね!」
「まさに君のことじゃないかね、御子柴くん。飛行機の便まで調べて同じにするとは粘着ストーカー以外の何者でもあるまい」
「飛行機の便はハワイ島行きの直行便は一日一便なんだからしょうがないでしょう。ホテルだって、ワイキキと同系列のホテルがたまたま一緒だったというだけです」
大河原に聞こえないように小声で言い合う二人を、志岐はハラハラと見ていた。
「だが、君に一つ残念なお知らせがあるんだよ、御子柴くん」
「残念なお知らせ?」
御子柴は
「苦労して私の宿泊ホテルを聞き出して気の毒なことだが、神田川くんは私と同じホテルには泊まらない」
「そう言って誤魔化そうとしても無駄ですよ。社長は確かにスイートルームをとっていますが、普通のツインルームもいくつかとってあるのは知っていますから」
「それはスタッフの部屋だ。神田川くんたちの部屋ではない」
「バカな……。わざわざスタッフと引き離して別のホテルに泊める必要がありますか?」
「それがあるんだね。ふふふ。とんだ骨折り損だったね、御子柴くん」
「嘘ですね。信じませんから」
「嘘だと思うならホテル中を探してみるがいい。ふはははは」
社長は愉快そうに高笑いした。
悔しそうに顔を歪める御子柴と、不安を浮かべる志岐。
そんな不穏な人々を乗せたリムジンは、やがて豪華なリゾートホテルに到着した。
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