第219話 宿泊先は
私たち三人は、乗客全員が降りてからスタッフに囲まれるようにしてコソコソとタラップを降りた。帽子を目深にかぶり、マスクとサングラスをして、どちらかというと私たちの方が怪しい。
「さあ、三人ともゲートまで走るわよ!」
コナ空港は成田とは大違いで、ずいぶん開放的な空港だった。
ビルのような建物もなく、滑走路の地面に降り立つと飛行機を横目に見ながら入国審査のゲートへ。
ゲートといっても屋根があるだけのずいぶんオープンな場所だ。
ディズニーのジャングルクルーズに並んだ時を思い出した。
「こ、ここは本当にハワイの空港なんですか?」
なんかテレビとかで見た免税店が並ぶゴージャスなハワイと違う。
このままアトラクションに乗り込んで終わりのような気がしてきた。
え? まさかのドッキリ?
実はハワイじゃありませんでした~
駆け出しアイドルの登竜門だから?
いや、時間とお金をかけて仕込んだわりに、くだらな過ぎる。
「しっ! こっちを見ている人がいるわ。隠れて!!」
私たちは田崎マネに言われて、慌てて柱の陰にしゃがんだ。
うん。スリルだけはアトラクション並みにあるけど。
そっと柱の陰からのぞいてみると、ちょうど入国審査をしている団体の姿が見えた。
遠くてはっきり見えなかったが、なぜか向こうもサングラスにマスクをしてフードまでかぶっているようだった。そういう人が数人いる。
え? 粘着ファンって一人じゃなかったの?
しかもコソコソしていて、私たち以上に怪しい。
数人は、やたらにガタイがいいし……。
「全員が行ってから入国審査をしましょう。ゲートを出たら迎えの車が来ているはずだから、走って乗り込むのよ、みんな」
「わ、分かりました」
あんな体格のいい粘着ファンなら、力では勝てそうにない。
ここは目立たないようにして逃げるしかないだろう。
途中で「あ!」というどこかで聞いたような声がしたような気がしたが、わき目もふらず三人で走った。
そして息を切らしながら辿り着いた先に、ジャングルを走るような四輪駆動のワゴン車の前で手を振る大柄で筋肉質な女性が立っていた。
「アロハ!! みなさ~ん! お待ちしていまーした。ようこそ、いらっしゃ~い!」
緊迫感を漂わせて走り込んできた私たちの首に、のん気な笑顔でレイの首飾りを順番にかけてくれた。
「ああ、なんて可愛い妖精たちでしょーう。嬉しいでーす」
こんがり日焼けして色黒で、髪は腰までのレゲエ風で背は180ぐらいある。
そして真っ赤なノースリーブワンピースを着て、頭に真っ赤な花の冠をかぶっていた。むき出しの腕や肩はボディビルダーのようにムキムキしている。
「私はペリーといいまーす。日系だから日本語得意でーすね。夢見のしゃっちょさんからあなた達のことを頼まれてま~す」
うむ。濃いぞ。
ものすごく濃いキャラだ。
「さあ、乗って! さあさあさあ!!」
ペリーの分厚い手で私たちはワゴン車の中に放り込まれた。
そして後からスーツケースを持ってきてくれた男性スタッフから荷物を受け取り、トランクに軽々と積み上げていく。
「じゃあ、午後から撮影スタッフが合流しますので、よろしくお願いします」
男性スタッフは田崎マネに頭を下げて行ってしまった。
「え? みんな一緒のホテルじゃないんですか?」
車の中を見渡すと、私たち三人と田崎マネとメイクの石田さんの五人だ。
女性スタッフ二人だけが私たちに付き添っている。
「ノンノン。あなた達は私の家にウェルカムね。しゃっちょさんに頼まれてーるね。盛大にもてなすから楽しみにしててちょーだい」
ペリーさんが運転席から振り返って説明した。
そして田崎マネが補足する。
「ペリーは社長の古くからの知り合いでね、堕天使3のステージを見た時に彼女の家が思い浮かんだそうなの。だからPVの撮影地は主にペリーの家になると思うわ。でも男性スタッフまで泊まる部屋数はないから、彼らはホテルに泊まるの」
「そ、そうなんですか?」
ちょうど車の窓から長いリムジンが通り過ぎるのが見えた。
そのまま空港のロータリーに滑り込み、社長と男性スタッフが優雅に乗り込むのが見えた。
「な、なんかあっちの方がゴージャスじゃないですか?」
私たちは車の窓に張り付いてウキウキとリムジンに乗り込む男性スタッフを見つめる。
「元々、社長はバカンスのついでだったしね。ホテルのスイートルームに連泊の予定よ。男性スタッフは普通の部屋だけど同じホテルに泊まるみたいね」
「な、なんかあっちの方がいいような気がしますけど……」
というか嫌な予感しかしない。
「まあ、駆け出しのアイドルがハワイに来ることができただけでもラッキーと思いなさい」
田崎マネと石田さんも少し羨ましそうにリムジンを見つめたまま、ペリーの運転する四輪駆動車は出発した。
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