第217話 仕組まれた偶然

 真音たちが乗る飛行機のビジネスクラスでは、通路を挟んで静かなにらみ合いが続いていた。


「……」


 やがて年配の一人がたまりかねて口を開く。


「どういうことだね、御子柴みこしばくん?」


 ウェーブのかかった黒髪に狼のような鋭い眼差しの美青年がとぼけた表情で尋ね返す。


「なんのことでしょう、社長。こんなところで会うなんて本当に奇遇ですね。驚きました」


 しれっと答える御子柴に、怪しんで目を細める夢見プロの社長。


「君は確かメンズボックスの撮影でホノルルに行く予定じゃなかったのかね?」


「もちろん行きますよ。ですがハワイ島の方がいい画が撮れるんじゃないかということで、急遽前半の三泊はハワイ島に行くことになったんです。同じ系列のホテルがあったので、融通がきいて良かったですよ。オフシーズンでもありますしね」


 社長はフンと鼻を鳴らした。


「陰謀の匂いを感じるぞ。神田川くんたちがハワイ島に行くと知ってたんだろう」


「え? あれ? まねちゃん達もハワイ島に行くんですか? うわあ、驚いたなあ」


「しらじらしい! 誰から聞いた? 神田川くんには搭乗直前まで行き先を教えなかったはずだぞ。そうだな? 春本くん」


 社長は隣に座る春本プロデューサーに確認した。


「は、はい。もちろんです。社長に極秘に進めるようにと言われていましたので、空港でチケットを渡すまで本人たちは行き先を知らなかったはずです」


 春本Pは冷や汗を拭きながら恐縮して答えた。


「俺だってまねちゃんから何も聞いていませんよ。今はマネージャー業も中断していて、全然会ってもいませんし。なあ? 志岐しき


 御子柴は隣に座る、やわらかな茶髪の割に硬派な生真面目さがにじみ出る美丈夫な青年に尋ねた。


「は、はい。最近は仕事が忙しくて学校でも会ってないですし……」


 志岐も恐縮して答えた。

 実際、志岐も真音が一緒とは思ってもいなかった。

 行き先が変更になったことも、スタッフに任せていてさっき知ったばかりだ。


 メンズボックスは四天王の活躍で売り上げ倍増のごほうび企画として、四人の海外ロケが以前から決まっていた。その日程が真音たちのPV撮りと重なったのは本当に偶然だった。


 だがその後どういういきさつで撮影地がホノルルからハワイ島に変わったのかは知らない。


 田中マネージャーと最小限の編集部スタッフで、ハワイ島に三泊とホノルルに一泊する予定だ。


「あれ? 社長じゃないですか」


 少し離れた席にれんと一緒に座っていたワイルドなツーブロック頭の大河原おおがわらが気付いて、こちらにやってきた。


「お久しぶりです。御子柴が誰としゃべってるのかと思ったら、すごい偶然ですね」


「偶然ならいいがな」


「え?」


 大河原は不機嫌な様子の社長に首を傾げた。


「社長はバカンスですか? どちらのホテルですか?」


「たぶん君たちと同じだ。そうだろう? 御子柴くん?」


「知りませんよ。でも同じだったら本当にすごい偶然ですよね」


 御子柴は余裕たっぷりの笑顔で答える。


「……。さては事務方のスタッフに聞いたんだな。事務の中に内通者がいたか……」


「嫌だなあ、社長。本当にただの偶然ですよ。俺を信じて下さい」


 腹の探り合いをする二人に、大河原は言う。


「それにしてもビジネスクラスって初めて乗ったけど、野郎ばっかですよね。座席はゆったりしててサービスもいいけど、俺はやっぱエコノミーの密接な座席で可愛い子と知り合いになれたりする方がいいなあ……。ちょっと気分転換にエコノミーの方に行ってみるかな」


 社長は慌てて大河原を呼び止めた。


「ま、待ちなさい! 大河原くん」


「そうだよ、大河原さん。なんのためにタレントがビジネスクラスに座ると思ってるんですか。顔の知られている大河原さんがうろうろしたら騒ぎになりますよ」


 御子柴も慌てて止めた。


大河原が真音を見つけたら絶対面倒なことになる。

すっぴんの真音を見て、元マネージャーの魔男斗まおとだと思うのか、イザベルだと気付くのか、蘭子だと騒ぎ立てるのか、どれにせよ面倒なことになるのは間違いない。


「お? ようやくお前も俺の知名度を認めるようになってきたか。そうだよな。俺がエコノミーをうろうろ歩いてたらやっぱり騒がれるか」


 大河原は御子柴の心配に気付きもせず、いい気分になって肯いた。


「う、うむ。そうだぞ、大河原くん。タレントは有名人だという自覚を持って行動しなければならない。さあ、自分の席に座って大人しくしてなさい」


 社長もここは御子柴と同調した。


「分かりました。退屈ですが、席で映画でも見てますよ」


 大河原はすっかり納得して自分の席に戻っていった。


 それを見届け、二人はほうっと息を吐いた。

 しかしすぐに社長はぎろりと御子柴を睨んだ。


「御子柴くんも分かっているだろうね。堕天使3の三人は、これから大金をかけて売り出す夢見プロの秘蔵っ子だ。そのために海外で秘かにPVを撮ることにしたんだ。君のように日本人なら誰でも知っているような男が周りをうろついたら迷惑だ。ましてスキャンダルになったりしたら彼女たちの未来の芽を潰すことになる」


 痛いところを突かれて、御子柴はバツの悪い表情になった。


「分かってますよ。人目のあるところで接近するつもりはありませんよ」


「人目のないところもだ! 志岐くん! このバカ者をちゃんと見張ってなさい!」


「は、はい。分かりました」


 とばっちりで怒鳴られて、志岐は困ったように請け負うしかなかった。




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