第215話 社長ご一行
「これは……すごい……」
ロン毛カツラの社長が呟くと、隣に座る春本は満足気に頷いた。
「春本くんがどうしても見に来てくれと言うのが分かったよ。このユニットは別格だ。なあ、御子柴くん」
社長は隣に座る、お揃いのロン毛カツラのスーツ男に同意を求めた。
「……」
しかし御子柴は、まだ呆然とステージを見つめたままだった。
「なんだ、驚き過ぎて言葉も出ないか? 確かに、私もここまで凄いとは思わなかった」
春本は、お揃いのロン毛カツラで一応変装している2人の男と、変装なしで普通にスーツ姿の1人の男に目をやった。
「田中マネが一緒に来るとは聞いてましたが、まさか、御子柴くんと志岐くんまで同伴で来るとは思いませんでしたよ。アイドル達が正体を知ったら大騒ぎになりますよ」
巻き添えでロン毛カツラで変装させられた志岐も、まだステージを食い入るように見ていた。
御子柴に無理矢理連れて来られたのだが、思いがけないものを見ることになった。
正直言って、志岐は地下アイドルというものに興味がなかった。
ただ、真音が出ているという、それだけに興味があった。
芸能界のことを少しずつ勉強しているとはいえ、今までが野球漬けの人生だっただけに、残念ながら地下アイドルの理解にまでは及んでいなかった。
そして前半の夢見30のステージは、年頃の志岐にとっては同世代の可愛い女の子たちの一生懸命なステージに癒される気持ちはあったが、また見たいと思うほどのものではなかった。
しかし、この堕天使
感動するステージというものを初めて味わった。
音楽もダンスもよく分からない自分でも分かる。
(このユニットはすごい)
先日会った和希はもちろん凄いが、その中に真音が入っているのが驚きだった。
まさかこんな才能があるとは思わなかった。
確かに和希の才能があってこそ成り立つグループかもしれない。
しかし、真音もまた、確実になくてはならない存在だった。
真っ白な肌と赤い口紅で無表情に踊る姿が、本当に心のない人形が剣舞を舞っているように見える。
その剣筋の美しさが完璧なほどに、人間ならざる者を思わせる。
中性的な魅力を持つ真音でなければ出来ないダンスだ。
和希の圧倒的なダンスを引き立てつつも、見劣りしない絶妙な存在だと思った。
自分は真音の才能を甘く見ていたのだと思い知らされた気分だった。
そしてそれは御子柴も同じだった。
「まねちゃんがここまで出来るとは思わなかった……」
芸能人として大成する可能性は低いと見ていたから、自分のマネージャーになれと言ってきた。それがそばに真音を置ける唯一の手段だと思ったから。
しかし、その考えを改めなければならないと感じていた。
「うかうかしてると、君達より売れっ子になるかもしれんぞ」
社長は、まだ呆然としている2人を挑発するように言った。
「さあ、追い越されたくなかったら、もう仕事に戻りなさい。最後の曲が終わる前に出ないと正体がバレて、大騒ぎになる」
ステージは大歓声の中で堕天使3がはけて、最後の全員で歌う曲『夢見エンジェル』が始まろうとしていた。
堕天使3も再び混じっている。
「田中マネ、2人を頼んだよ」
「はい」
名残惜しそうにステージを見つめる2人を田中マネが誘導して出て行った。
「あの2人は真音さんと関係があるんですか?」
春本は、3人の姿が見えなくなると、社長に尋ねた。
「ああ。まあね」
「真音さんというのは不思議な人ですね。正直言って、最初社長から地下アイドルにしばらく置いてくれと言われて戸惑いました。こんなことを言ってはあれですが……」
「アイドルには向いてないと思ったんだろう?」
「はい……」
春本は苦笑した。
「ですが気付くと、浮いていた和希さんといつの間にか仲良くなって、潤滑油のような存在になっていました。彼女がいなければ和希さんは、せっかくの才能を発揮することなく、みんなの悪意で潰されてたんじゃないかと思います」
「ああ。イチかバチかの賭けだった。君から和希くんの話を聞いた時、彼女なら突破口を見つけるかもしれないと思って、出向させることにした。だが、まさかこんな形で突破口を開くとは思ってもなかったがね」
「私も、最初は静華さんの思いつきで試しに出してみるだけのつもりだったんですが、やはり新たな才能はファンが見逃しませんね。ファンの声が後押ししてくれました」
「ああ。出会うべくして集まった絶妙な3人だ」
「では予定通り、シングルデビューとミュージックビデオ、その他のプロモーションを展開して頂けるんですね。同時に夢見30のグループデビューも」
「もちろんだ。君と静華くんの長年の夢がようやく始動できそうだな」
「はい。ずっとグループを
「よし。夢見30に多額の予算をあてよう」
「あの……それから、田中マネからお聞きになったと思うのですが……」
「ん?」
「和希さんは家庭的に多少問題がありまして……」
「ああ。今、神田川くんの部屋にいるんだったな。その件も心配は無用だ。彼女を傷付けられては、夢見プロとしても大きな損害だ。全力でサポート体制を築こう」
「良かった……」
春本はホッと息を吐いた。
「君はポケットマネーで和希くんのウイークリーマンション代と学費を払ってたそうだな」
「は、はい。街で見かけた時に、今の夢見30に必要なのはこの子だと直感しまして、どうしても育ててみたいと思ってしまいました」
「その気持ちは分かるよ。その情熱がなければ、芸能事務所なんか立ち上げられない」
「さっきの御子柴くんなんかは社長のスカウトだと聞きました」
「ああ。彼を街で見かけた時は背中に衝撃が走った。この勘だけは誰にも負けないと思っていた。だが私もだいぶ
「そんなことありませんよ。志岐くんみたいな逸材を見つけてきたじゃないですか」
「志岐くんを見つけたのは私じゃない」
「え? 違うんですか? じゃあ田中マネが?」
「いや、違う」
「?」
「なあ、春本くん。私は今、とんでもない宝石を手にしていたのだと、その感動に震えているんだ。誰のことか分かるか?」
「え? だから志岐くんじゃないんですか? 彼の存在感はすでに定評がありますよ」
「志岐くんは確かに大スターになるだろうが、彼ではない」
「じゃあ……、御子柴くんはすでに大スターだし……和希さんですか?」
「いや、彼女もきっと大スターになるだろうが、彼女でもない」
「他にもっと凄い逸材がいるんですか?」
「ああ」
社長は一呼吸置いてから告げた。
「神田川くんだ」
「神田川……真音さんですか? た、確かに彼女は堕天使3のメンバーとしてそれなりの活躍は期待出来ますが、それは和希さんという大スターがあってのことです。彼女1人で大衆を動かすほどの力は……あまり感じられませんが……」
「ああ。私もずっとそう思ってきた。だが、志岐くんを見つけたのは彼女だ」
「えっ? 彼女が志岐くんを?」
「そしてトップスターの座に上り詰めて、不安定になっていた御子柴くんを立て直したのも彼女だ。さらには、地下アイドルで孤立していた和希くんにスターとしての居場所を作ったのも彼女だ。そして1人では輝きを持たないはずの彼女は、スターのそばにいることで、独自の輝きを放とうとしている」
「独自の輝き?」
「彼女の大スターを見つける嗅覚と、その才能への絶大な愛は、彼らの魅力を最大限に引き出し、まるでその光を受けて輝く月のように彼女も主役を食わない絶妙の輝きをする。大スターを1人見つけるよりも彼女のような存在を見つけるのは難しい。なぜなら、自分1人では輝きを放ってないんだからな」
「彼女をそこまで買っておられるとは……」
「ああ。私の大事な秘蔵っ子だ。大切に扱ってくれよ、春本くん」
◆
ステージ裏は、『夢見エンジェル』の曲が終わってごった返していた。
「どうしたの、和希? 客席を覗いたりして」
いつも客席に無関心だった和希がステージの隙間から観客席を覗き見ていた。
「そういえばみんなが社長が来てるって騒いでましたね」
佳澄も和希の横に並んで客席を覗いた。
「うわあ、あのロン毛の人が社長ですか? 初めて見ました」
「うん。でもさっき他にも男がいなかったか?」
和希が首を傾げている。
「他にも男の人が?」
「うん。堕天使3で歌ってる時、他にも何人かいた」
「あの緊張の中で客席を見る余裕があったんですか?」
私は振り付けを間違わないかで手一杯で、客席なんて全然見る余裕はなかった。
やっぱり和希は大物だ。
「その男の人がどうかしたんですか? 知り合いだったんですか?」
「うん。知り合いというか……」
やけにこだわっている。
「男嫌いの和希が気にする男の人なんて珍しいですね」
「い、いや、気にするってほどでも……」
和希は動揺したように言って、少し頬が赤くなったような気がした。
「和希?」
もう少し尋ねようとした所で、「そこの3人、早くこっちに集合して!」と声がかかった。
「呼ばれてます。行きましょう」
立ち去る私と佳澄の後から残念そうな顔でついてきた和希の呟きは、誰にも聞こえなかった。
「志岐が……いたと思ったのにな……」
◆
翌朝、夢見学園で異例の異動の発表があった。
『2年 地下アイドル3組 南ノ森 佳澄
小早川 和希
神田川 真音
上記の者、本日付けで、芸能1組に異動を命ずる』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます