第213話 招かれざる客

「きゃあああ! ホントにイザベルお姉様だわ! 信じられない。素敵」


 石田さんにメイクをしてもらうと、隣で見ていた佳澄が悲鳴を上げた。


「ちょっと佳澄、大声出さないで下さい。楽屋の外に聞こえるから。私がイザベルだってことは他のスタッフにも内緒なんですよ。分かってる?」


「ああ、残念だわ。百合ゆり仲間にイザベルを見つけたって報告したいのに」


 その百合仲間ってどういう組織なんだろうか。

 聞いてみたい気もするが、聞くのが怖い気もする。


「ふーん、真音って化粧すると全然変わるのな。びっくりしたよ」

 和希も驚いたように、まじまじと私を見た。


「和希や佳澄だっていつもより綺麗です。さすが石田さんのメイク術は凄いです」


「うふふ。ありがとう。3人ともメイクしがいのある素材だわ。あなたたちの専属メイクとして一気に有名になるつもりだから、大スターになってちょうだいね。頼んだわよ」


 和希は洗いざらしのようなショートの黒髪が少年のようだった。

 華奢な体に、黒に紫のラインが入ったシャープな制服がカッコいい。

 紫の手袋に、紫の剣を持って、紫の勇者というイメージだ。


 佳澄は長い黒髪に細い緑のリボンを幾重にも垂らしている。

 そして和希と同じ制服に、緑のフリルがあちこちに縫い付けられていた。

 手に持つバトンにも緑のリボンが長く垂れている。

 緑の魔法使いというコンセプトで、緑のカラコンの入った瞳が神秘的だ。


 そして私は青のドール剣士。

 和希と同じ制服だが、青いマントをつけて青い剣を持っている。

 仮面にも青のラインが入っていた。

 今までの仮の仮面よりも目の穴が大きくて、つけまつ毛のブルーの瞳がよく見える。

 髪型はイザベル仕様のショートボブのウィッグだった。

 さらにイザベルの白塗り化粧で、仮面から見える肌は白く、口紅は真っ赤だ。

 ドール剣士だから、決して笑わないようにと注意された。

 感情のない人形なのだから。


「わあ。なんだかファンタジーの世界に迷いこんだみたいね」


 3人で大鏡の前に立つと、別世界の人間のように感じた。

 我ながら背筋がゾクッとするような何かを感じる。


 それはスタッフも同じで、私たちが楽屋から出てくると、全員が息を呑むのが分かった。


 この感覚を知っている。


 志岐くんが始めてゼグシオで登場した時だ。


 人はきっとスターになる人間を初めて見たら、こういう反応になる。

 歓声のような驚きのようなため息があちこちから聞こえてくる。


 この瞬間から、スタッフが最初のファンになった。

 誰しも圧倒的な才能を見せ付けられると、全力でその才能を守りたくなる。


 リハーサルが始まると、全員の目がステージに釘付けになり、私達のダンスに引き込まれているのが分かった。


 だからこそ、みんな全力になる。

 もっと良くしよう。もっと、もっと……。


「照明はこの角度から入れてはどうでしょう」

「マイクの音声は和希にもっと比重をつけましょう」


「今のダンス、こういう動きに変えてはどうですか?」

「この衣装だと、ちょっとこの動きは難しいかもしれませんね」


 いつの間にか、ダンス講師の先生達も来ていて、どんどん意見を出し合う。

 夕方のステージまで、何度もリハーサルを重ねて最終調整をしていく。

 そのたび、どんどん完成度が高くなっていった。


 無限に伸びしろのある私達のユニットに、スタッフみんなが魅了されていた。




 夕方になって学園のステージ組のバスが到着したと同時に、私達3人は楽屋に戻った。ステージの後半に、メンバーにも観客にもサプライズで登場することになっていた。


 ただ、今日のステージで何かが起こるという雰囲気は、メンバーにもファン達の間でも、噂になっていた。


 だから、今日もビルの外にまで今までで一番の行列が出来ていたらしい。


「始まったみたいね」


 静華さんの楽屋で、私達3人は聞き耳を立てていた。

 楽屋の外からステージが始まった歓声が聞こえていた。


 いつも通りに始まったようだ。

 5エンジェルの次に、リナさんのソロ曲へと移るとヤジが飛んでいた。


「今日は和希ちゃんは休み?」

「えー、今日はタキシードの3人が出るって聞いてたのに」

「佳澄ちゃんもいないの?」


 観客はステージと距離が近いぶん、時に残酷だ。


「今日はレッスン生の3人が、バックダンサーとして踊ってくれます。どうか温かい声援をお願いします!」


 リナさんはヤジに動揺することなく、堂々と歌っている。

 観客もそんなリナさんに心動かされたのか、大きな声援を送っていた。


 私たち堕天使3の登場は、ラストの『夢見エンジェル』の前。


 8人組ユニットの曲が終わった後だ。


「もうすぐ出番ですよ。準備はいい?」

「どうしよう。緊張してきました。失敗しませんように」

「失敗しても堂々としてろ。私がフォローしてやる」




 私達3人が楽屋を出た頃、ステージ裏ではアイドル達に動揺が広まっていた。


「ねえ、あの関係者席の人って……」

「やっぱり社長よね。1度しか見たことないけど」


「うそ。なんで夢見プロの社長が?」

「やっぱり今日って何かサプライズがあるの?」


 みんなステージの裏から観客席の脇に区切られた一角を見て騒いでいた。


 今日はロン毛カツラをかぶった社長と、お付きの人が3人ばかり一緒にいる。

 4人ともスーツ姿で、明らかに他の観客と違っている。


「もしかして気に入った子をデビューさせようと思って?」

「うそ。私、さっきダンス間違えちゃった」


「今日はスタッフも春本さんもピリピリしてると思ったわ」

「社長が見に来るからだったのね」


 最後の『夢見エンジェル』のために、赤いチェックの制服に着替えたアイドル達が次々に集まって、観客席の社長一行を覗き見ていた。


「ねえ、あのお付きの人達ってさ、1人は普通のサラリーマンって感じだけど、後の2人ってなにげにイケメンっぽくない?」


「思った! 社長とお揃いのロン毛頭にメガネにマスクしてるけど、変装してるのがバレバレよね。スーツの着こなしが違うもの」


「え? 誰かタレントなの?」

「もしかして映画の相手役でも探しにきたんじゃないの?」


「じゃあ、この夢見30のメンバーの中から映画のヒロインが抜擢されたりして」

「きゃああ! ありかもよ! ちょっともう1回化粧直ししてこよっかな」


 アイドル達の夢が広がる。


 しかし、その時、急に照明が真っ暗になった。


「きゃっ! なに?」

「何が始まるの?」


 そしてスポットライトがステージ中央を照らす。

 そのスポットライトの中には静華さんの姿があった。


「みなさま、驚かせてすみません。今日は実はサプライズで発表があります」


「おおー!」と客席から期待の歓声が上がる。


「私達、夢見30サーティの中から現れた異端児。新ユニットの紹介です」


 客席もステージ裏もざわついている。

 何かあるとは思っていたが、新ユニットだとは誰も思っていなかった。


「アイドル界にいてはならない存在。本来なら受け入れられるはずもないエンジェル達。故に、彼女たちはエンジェルからちた堕天使だてんしとなりました」


 みんなの視線が静華さんに集まる。


 まさか。

 でもきっと、あの3人。


 誰もが期待を込めて、次の言葉を待った。


「ここにいる皆さんは、堕天使となった彼女達の初ステージを見るのです。生涯語り継がれる、伝説のステージとなることでしょう。紹介します。堕天使だてんしスリー!!」




 わああああ!!! という割れんばかりの歓声が上がった。


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