第212話 真音の正体

 初ステージの日は私達3人は、学校を休んで朝から地下ステージに行くことになった。静華さんと春本さんと、何人かのスタッフがすでに来ていた。


「ぎりぎり衣装が間に合ったわ」


 静華さんの楽屋で、振り付けに合わせて改良された衣装を受け取った。

 前に見せてもらった時より、それぞれの個性が強調された衣装になっていた。


「これを着てリハーサルをするんだけど、その前にメイクさんを紹介するわ」


「メイク?」


 今までは自分で下地を塗って、ある程度完成させてから最後の仕上げだけをメイクさんにやってもらっていた。

 私に関しては、仮面でほとんど顔が見えないので、仕上げもやってもらわない。


「あなた達には専属のメイクさんを付けることになったの」

「専属のメイクさん?」


「そうよ。この新曲はシングルと一緒にミュージックビデオも作る予定なの。今日のステージのお客さんの反応を見てからの最終決定だけどね。そうなればテレビに出ることもあるだろうし、SNSでの露出も増えるわ。遠目のステージでは誤魔化せる粗も、テレビでは誤魔化せないから。最初からきっちりコンセプトを作って表現することにしたの」


「コンセプト?」


 春本さんが頷いて続きを説明した。


「和希さんは男嫌いの美少女勇者。佳澄さんは男恐怖症の緑目の魔法使い」

「緑目……ですか?」


「うん。カラコンを入れてもらうよ」


 確かに佳澄はちょっと抜けてる感じが可愛いが、庶民的になりすぎる。

 でも緑目にすることで神秘さが増して曲のイメージに合うような気がする。


「そして真音さんは……、実はあなたのために、この人にメイクを頼んだんです」

「え?」


「入って下さい」

 春本さんがドアに呼びかけると、一人の女性が入ってきた。


 それは……。


「石田さん!」


 ポップギャルでイザベルのメイクを担当していた石田さんだった。


「どうして石田さんが? ポップギャルは?」

「ポップギャルの仕事はアシスタントの子に渡してきたの。私もそろそろメイクアップアーティストとして、次の段階に入りたいと思って」


「ポップギャル? 真音ってポップギャルの仕事をしてたの?」

 佳澄が驚いたように尋ねた。


「あ、うん。まあ……」


「うそ! でも私、毎月買ってるけど、気付かなかったわ」

 どうやら佳澄はポップギャルのコアな購読者らしい。


「あなたの正体は、社長から聞いています」

 春本さんが言って、静華さんもうなずいた。


「正体って? え? 誰なの?」


 佳澄が私の顔を見つめた。

 でも見つめても分からないようだった。


 当然だ。

 自分でも分からないほどの別人メイクだから。


「真音さんは、青目のイザベルとして、仮面のドール剣士になってもらいます」


 春本さんの言葉に、私よりも佳澄が驚いた。


「ええっ!? イザベル? まさかゴスロリモデルのイザベルお姉様?」


 大きな目をさらに大きく見開いて、佳澄は私をマジマジと見た。


 ん?


 イザベル……お姉様?


 嫌な予感がする。


「そんな! 憧れのイザベルお姉様が真音だったなんて……」


 憧れ?


 佳澄の目がハートになっている。

 その目はまさに静華さんを見る時と同じ目だった。


「ああ。1度でいいからお会いしたいと思ってたのに、まさかこんな近くで毎日会ってたなんて。静華お姉様とイザベルお姉様に一緒に会えるなんて、奇跡だわ」

 佳澄はうっとりと呟いた。


「なんだ? そんな有名なモデルなのか?」

 和希はもちろん全然知らない。


「いえ、知名度は全然ありません。佳澄のように憧れてる子が1人いただけでもビックリです」


「そんなことないわ。百合女子の間では、実体がまったく見えない謎の美少女として話題になってるのよ。私もイザベルが載ってるかもしれないから毎月ポップギャルを買ってたんだもの」


 いや、そんな物好きなファンは佳澄ぐらいだと思う。


「とにかく仮面の奥の瞳はブルーにしてもらうわ。正体を明かすかどうかは分からないけど、バレた時にはイザベルであってもらおうという上層部からのリクエストなの」


 その上層部というはきっと社長だ。

 まさかそういう戦略に出てくるとは。


 でも考えようによっては、真音のままより架空のイザベルの方が気持ちが入りやすいかもしれない。


 どうしてもアイドルをやる自分というものに違和感があったが、イザベルならすんなりと入り込めそうだ。


「分かりました」


「じゃあ決まりね。さっそくメイクと衣装をつけてリハーサルしましょう。あなた達はこれからしばらくは、この部屋を楽屋にするといいわ。ここでメイクをしてもらってね」


「え? でも静華さんは……」


「私は春本さんのスタッフルームに行くわ。どうせいつも一緒にいるんだから、部屋を分ける必要はないのよ」


 確かにいつも一緒にいるが……。

 もしかしてこの2人は、プロデューサーとアイドル以上の関係なのかもしれない。だが、もちろんそんなことを聞ける立場ではなかった。


「真音はまだ正体を隠す設定だから、イザベルメイクをした後は仮面をつけて、夢見30メンバーにもイザベルだと気付かれないように注意してね」


「は、はい」

 どうやら私のためにこの楽屋を譲ってくれたらしい。


 静華さんの私達に賭ける思いを実感した。


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