第211話 和希の試練
「え? 和希?」
「うそ、珍し! なんでこんなに早くにいるの?」
翌朝、私と和希は普段より30分も早く部屋を出て、地下アイドル恒例の登校のため、集合場所でもある寮の玄関で待っていた。
私の部屋から一緒に出てくるのを見られると、いろいろ面倒だと思ったからだ。
いつも遅刻続きの和希は、一度も一緒に登校したことなどなかったので、次々集まってきた生徒たちが驚いてコソコソ話している。
「え? どうしたの? 和希」
佳澄も現れて、驚きの声を上げた。
「うん。詳しくは後で話すから」
ゆうべ和希と話し合って、これから堕天使3としてやっていく仲間として、佳澄にだけは昨日のことを話そうということになった。
佳澄はぼんやりしているところはあるが、信用できる人物なのは間違いない。
なにより静華さん命なので、堕天使3を成功させて認められたいと思っている。
目標とするものは同じだった。
地下アイドルたちが30人弱集まった所で、芸能1組のサラさんと亜美ちゃんが寮から出て来た。
「おはようございます! サラさん」
「おはようございます! 亜美さん」
みんなが一斉に挨拶をする。
さすがに3年生は、年下の亜美ちゃんには頭を下げないが、気は遣っている。
だいぶ慣れてきたが、この軍隊のような上下関係には馴染めない。
「あら? 珍しい人がいるじゃないですかぁ」
亜美ちゃんは、さっそく和希に気付いて私達の前にやってきた。
「じゃあせっかくだからぁ、今日は和希に荷物を持ってもらおうかなぁ」
亜美ちゃんは可愛く小首を傾げて、自分の鞄を和希に差し出した。
「え?」
和希は訳が分からず突っ立っている。
「サラさんと亜美ちゃんの荷物は、毎朝指名された人が持つことになってるの」
私はそっと和希に耳打ちした。
「じゃあ、私も和希に持ってもらおっと。こんな機会は滅多にないものね」
サラさんも荷物を和希に差し出した。
最近はいつも、私と佳澄が2人の荷物を持っていた。
要するに、2人が今一番気に食わない人が選ばれていた。
今日は2人とも和希になってしまった。
自分の鞄も合わせると、3人分の荷物になる。
しかも和希はレッスン着や新曲のアイテムで、自分の荷物も多い。
ゆうべは時間がなくて、こういう慣習について説明するヒマがなかった。
我が道を行く和希が、腹を立てて最悪の事態にならなければいいが、とはらはらした。
「あ、じゃあ和希の荷物は私が……」
言いながら和希の鞄に伸ばした私の手を、パシッと3年生に叩かれた。
「手伝うのは無しよ」
冷ややかな目でみんなが私達3人を見ていた。
昨日のステージで更にみんなの反感が強まっているのだと肌で感じる。
何か目に見えた罰を与えないことには、みんなの気が済まないのだ。
特に生意気な和希が目を付けられていた。
「でも1人でこんなには……」
サラさんと亜美ちゃんは、気に入らない子がいる時は、わざと鞄を重くしてくる。授業のない教科書も参考書も全部詰め込んで、パンパンに膨れ上がっている。
今日も私と佳澄に持たせるために、自分は寮の玄関まで持って出るだけでも腕が痛くなるほどの重さにしてきたはずだ。
「これは売れるための洗礼のようなものよ。ここにいるみんなを踏み台にして人気を得ようと思うなら、みんなに認められるだけの痛みを越えなければならないの。私も亜美も通ってきた道よ。私達を追い抜いていくと言うなら、痛みを受けてもらうわ」
どうやら突き抜けて売れてきた子は、みんな経験していることらしい。
レッスン組の3年生たちが和希の前に立ちはだかる。
今年ステージ組に行けなければ、学園卒業と同時にグループをやめる決意をしている人がほとんどだ。
「私達のこと意地悪だと思ってるんでしょう? でもね、この鞄が持てないって言うんなら、あなたのアイドルになりたいって気持ちはその程度だってことよ。私なら、もしステージ組になれて、どんどん売れて5エンジェルになれるなら、鞄を持つぐらい全然平気よ」
「私だって、毎日でも持つわ」
「私も静華さんに目をかけてもらえるなら、何だってするわ」
「いつまでたってもレッスン組から抜け出せない私達の気持ちなんて分からないでしょう」
悔しそうに告げるみんなの気持ちは切実だった。
突き抜けるということは、このみんなの悔しさを背負って行くということだ。
「……」
和希は無言のままサラさんと亜美ちゃんに近付いて、2人の鞄を受け取った。
そして先頭に立って歩き出した。
華奢な体では真っ直ぐ歩けないほどの荷物だったが、和希は前だけを向いて歩いて行く。
学園まで10分ほどの道のりだったが、途中で何度も立ち止まって持ち直して、腕の痛みに顔をしかめていたが、弱音一つ吐かずに黙々と歩いていた。
その1歩1歩に、和希の強い決意が滲み出ているようだった。
絶対売れてやる。
トップに立つ。
誰も追いつけないほどに、一気に駆け上がる。
これまでのクズみたいな人生を絶対挽回してやる。
和希の背中が叫んでいる。
ああ。この人はスターになる人なのだと……。
後ろを歩きながら、私は確信していた。
◆
「さあ、もう初ステージまで時間がないわ。今日から猛特訓よ」
放課後の芸能1組の体育館で、ダンス講師はそう言って、場違いな雰囲気の2人の講師を連れてきた。
「こちらは新体操を教えている先生なの。佳澄はリボンのついたバトンをもらってるでしょう? それを持って基本の動きを教えてもらって」
バレリーナのような姿勢のいい女性が、佳澄に個別で教えることになった。
「真音は剣術の先生よ。見せる剣術として舞台や時代劇の演出なんかを手がけている方なの。音楽に合わせて剣舞のようなダンスをしてもらうわ」
私は男の先生に個別で教えてもらうことになった。
「和希は私が見るわ。歌もつけて、仕上げていくわよ」
和希は特にハードなレッスンで休むヒマもなかった。
毎日放課後から夜中まで、レッスンが続けられた。
和希を私の部屋に預かって良かったと思った。
ウイークリーマンションに帰って、夜のバイトまでしていたら、とてもじゃないが体がもたなかっただろう。
食事の管理も、手の込んだものは作れないが、私が栄養バランスを考えて出せるので安心だ。買い物に行く暇がないのが困ったが、田中マネから事情を聞いた田崎マネが、必要な物を買って届けてくれていた。
和希は毎朝、自分からサラさんと亜美ちゃんの鞄を受け取って登校している。
そんな和希を見て、少しずつ陰口を叩く子も減っていっていた。
クラスでは相変わらず3人で孤立していたが、少しずつ認められているのを感じていた。
そしていよいよ初ステージの日がきた。
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