第210話 4人の密会

「そのウエイターの恰好で女子階に降りたら警備員が飛んで来るよ。気をつけてね」


 寮で私達を降ろした田中マネが、一言注意してから和希の荷物を取りに行くため、すぐに車を出した。さすが出来るマネージャーは細かいことまでよく気付く。


 芸能1組の女子階は、男子禁制だ。

 この恰好の和希がエレベーターを降りた途端に拘束されるだろう。


「じゃあ田中マネが和希の制服を取ってくるまで志岐の部屋で待ってよう」

 御子柴さんが提案した。


「え、なんで俺の部屋なんですか?」


 どうせなら芸能1組でも一番広い御子柴さんの部屋にすればいいのに、とは私も思った。


「なんか居心地いいんだよな。お前の部屋」

「なんでですか。自分の部屋に帰って下さい」


 その会話で、どうやら御子柴さんが志岐くんの部屋に居ついてるらしいのが分かった。なんだかんだ言っても、御子柴さんは淋しがりやのところがある。


「この間までは、3年に大河原おおがわらさんがいただろ? あの人、俺のことライバル視してるわりにヒマさえあれば部屋に来てたんだけど、卒業してなくなったしさ。やなぎのヤツは1ヶ月間大阪でお笑いの舞台があるから留守だしさ。志岐は呼ばれてもないのに勝手に来るヤツじゃないだろ? しょうがないから俺が志岐の部屋に行ってやってんだろうが」


 どういう理屈かは分からないが、要するに淋しいのだ。

 完全に御子柴さんが幼児化している。

 相当ストレスがたまっているのだろう。


 とにかく駐車場で突っ立って待ってても仕方がないので、4人で志岐くんの部屋に行くことになった。


 和希は初めての寮の内部にキョロキョロしている。

 カードがなければ乗れないエレベーターも、カードをかざさなければ開かない芸能階のドアにも驚いていた。


「良かった。ちゃんと掃除のヘルパーさんに来てもらってるんですね」

 志岐くんの部屋の玄関を開けて、整頓された内部を見て安心した。


「うん。御子柴さんが頼んでくれたから」


「さあ、座ってくれ、みんな。なんか飲みもん出してくれ、志岐」


 御子柴さんは自分の部屋のように志岐くんのベッドに腰掛けて命じている。

 それだけで普段の2人のやりとりが手に取るように分かる。


 王子様気質の御子柴さんは、志岐くんを従者のように使っているのだろう。

 しょうがない人だと思うが、御子柴さんだから許せてしまう。


 きっと志岐くんも同じなんだろう。

 怒ると誰より怖い志岐くんだが、気を許してる相手にはどこまでも優しい。


「手伝います、志岐くん」

「うん。ありがとう」


「真音と仲いいんだな。前からの知り合い?」


 小さな座卓を囲んで座ると、和希が落ち着かない様子で尋ねた。

 そういえば和希は男嫌いなんだった。

 世間では夢のようなイケメン2人との集いも、和希には関係ない。


「君さ、ホントに俺らのこと知らないのか?」

 御子柴さんは少しショックな顔で、一人だけベッドに腰掛けて尋ねた。


「? 有名人なのか?」

 和希は御子柴さんと志岐くんを順に見てから、やっぱり首を傾げた。


「なんかショックだな。十代女子で知らない子がいるなんて。俺もまだまだ頑張らないとな」


 自分を見てきゃあきゃあ騒がない女子を見たのは久しぶりなんだろう。

 でもそれが逆に和希への興味を掻き立てているようだ。


 そして、その和希は志岐くんに興味を持ったようだ。


「あんた、えっと、志岐だっけ? 強いんだな。どれぐらい鍛えたらそんな腕力になるんだ? それに、雰囲気だけで相手を圧倒できる、その妙なオーラみたいなのはどうやって出すんだ」


 ただし、男性としてというより、大の男でもやっつけられる強さに対しての興味だった。和希はお母さんを守るために、世の中の理不尽に立ち向かうために、強くなりたいのだ。


「和希、志岐くんは元エースピッチャーだったんです。チームメイトと大勢の観客の期待をすべて背負ってマウンドで投げ続けていた志岐くんだから出来ることなんです」


「元エースピッチャー? それで……そうか……」


 和希は納得したようだが、自分が志岐くんの強さを身につけるのは無理だということを悔しがってるようにも見えた。


「まさか志岐くんみたいになろうと思ったんですか?」

「だって、これぐらい強ければ、悔しい思いをしないですむだろ? お母さんだって守れる」


 和希の呟きは切実で、御子柴さんも志岐くんも、いつしか親身になって聞いていた。


「強さというのは何も腕力だけで決まるもんじゃない。実際には今の世の中は、腕力で強さを誇示したら失敗することの方が多い。さっきのだって、もし志岐だってバレたら、相手がいくら悪くても暴力沙汰だと週刊誌に取り上げられて、名の知られてる志岐の方が痛手を負うだろう。君もアイドルを目指すなら、そういう意識は必要だよ」


「じゃあ、どうすれば私は強くなれる? ああいうクズ男からお母さんを守れる?」


「君とお母さんを守れるのは才能だけだ」

 御子柴さんがいつになく真剣な顔で答えた。


「才能?」


「君が本当にまねちゃんの見込んだ通りの才能を発揮したなら、多くのファンがつく。君の才能を愛する多くの人達が、君を守ってくれる。世の中が君を守ろうとしてくれる」


「世の中が私を? 世間はいつだって私を排除しようとしてきたのに?」


「排除?」


 志岐くんは、よく見ると幼いと言ってもいい顔立ちの和希の口からこぼれた言葉に驚いていた。


「周りはみんなタチの悪い男と暮らすお母さんの悪口ばかり言って、大家は迷惑だから出て行ってくれって言うし、学校は男子の制服で通おうとする私を腫れ物扱いで、無理して来なくてもいいと言った。同級生は最初は物珍しくて話しかけてきても、安易に同調しない私が面倒になって、結局最後には陰口を叩かれて孤立した」


 和希の生い立ちが目に浮かぶようだった。

 それは、普通にアイドルを目指す華やかな女の子達とはかけ離れていた。


「人と違うことはそんなに悪いことなのか? 違うと思うことを正直に言ったら嫌なヤツなのか? 相手に合わせて嘘ばかりつくほうがいい人なのか?」


 和希のような人を世間は不器用な生き方だと言う。

 でも私は、そんな和希だからこそ大好きなのだ。

 そしてこの真っ直ぐな心を守りたいと思う。


「世間がどう言うかは知らないが、俺はお前のようなヤツ、結構好きだぞ」


 御子柴さんが女の子に好きと言うなんて珍しい。


「芸能界は好きを集めたヤツが勝つ。人と同じことをしてたって、強烈な好きは集まらない。だからお前のようなヤツの方が向いてると思うよ。まねちゃんがやたらに肩入れする気持ちが分かった。俺も気に入った。困ったことがあれば力になるよ」


 御子柴さんが和希を認めてくれた。

 それが自分のことのように嬉しい。

 私の目に狂いはなかったと、改めて確認できたような気がした。


「ホントはさ、今すぐでもまねちゃんには俺のマネージャーに戻って欲しいんだけど、しばらくお前に譲ってやるよ。だから一刻も早くスターになって芸能1組に上がってこい」


「マネージャー? 真音はこいつのマネージャーだったのか?」

 和希は驚いた顔で私と御子柴さんを見た。


「和希、こいつじゃなくて御子柴さんと呼んで下さい。学年も上だし、芸能界では大先輩で、大スターなんだから」

 

「なんでそんな大スターのマネージャーを?」


「そ、それはいろいろあって……。というより、このことは内緒にして下さいね。クラスのみんなとか夢見30のメンバーとかにも言わないでね。バレたら大騒ぎになります」


「大騒ぎ? そんな凄いスターなのか?」

 和希はまだ御子柴さんの凄さを分かってないようだった。


 でもいろいろ不安は残るが、少しずつ希望が見えてきたような気がする。


 外堀を埋めるように、和希の周りが整ってきているように感じる。


 あとは私達3人が、新曲を完成させるだけだ。


 初ステージの日が迫っていた。


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