第207話 怪しい男達
「わああああ!!! 人さらい! 変態! 助けて!! お金なら渡します。千円しかありませんが。だから降ろしてえええ!!」
引きずり込まれた車内で、閉じられたばかりのドアを開けようともがいた。
でもすぐにロックされたのか、開かない。
「私をさらってどうしようっていうんですか! 私なんかを人質にしても誰も身代金なんて払いませんよ! だから出して下さいいい!!」
「ちょっと、落ち着いてよ。身代金って。だいたい千円しか持ち歩いてないってどうなんだ」
「これが落ち着いていられますか! そっちこそ、なに落ち着いて突っ込んでんですか! 」
「驚かせてごめんって、まねちゃん」
「はっ! なぜ私の名前を!」
私は驚いてようやく振り返って犯人を見た。
「あ! あなた達は!」
フードをかぶって、サングラスにマスクをしている。
それはステージが始まる前に見た、最後列で並んでいた不審者2人組だった。
「夢見30の変質者ファン……」
「え?」
「あなた達、チケットを買えなかったからって、腹いせに誘拐なんて! そんなにステージを見たいなら明日のチケットを春本さんに言ってもらってあげますから、早まらないで下さい。これは犯罪ですよ。どうか目を覚まして」
「もう違うよ、まねちゃん」
2人組は、苦笑しながらフードをとって、サングラスとマスクをはずした。
「え?」
「変質者はないよなあ、志岐」
「み、御子柴さんと志岐くん……」
まさかの怪しい変質者は、この2人だった。
「2人とも、いつから夢見30のファンになったんですか」
「いや、ファンというかまねちゃんを見るために変装して来たんだよ。分かるだろ、普通」
「そ、そういえばこの間、変装して見に来るって言ってたけど、まさか本当に?」
私は御子柴さんの隣で困ったように頭を掻いている志岐くんを見た。
「志岐くんまで、なにバカなことに付き合わされてんですか!」
「ご、ごめん。弱みを握られて……」
はっと運転席を見ると、田中マネが運転している。
「田中マネまで、何やってんですか! 御子柴さんを甘やかしちゃダメじゃないですか」
「ごめん、ごめん。そんなこと言えるのはまねちゃんぐらいなんだよ」
田中マネも運転席で苦笑している。
どうやら私がマネージャー業から離れている間に、幼児御子柴さんが全開になってるらしい。
「まさかチケットが買えないとは思わなかったよ。夢見30ってそんなに人気あったんだね」
「行列を見て諦めようって言ったんだけど……」
「まねちゃんのアイドル姿、見たかったのになあ……。悔しいから待ち伏せして一緒に晩御飯でも食べて帰ろうって話になってさ。ここで待ってたんだよ」
たぶん御子柴さんが1人で言い張ったんだろう。
ホントに困った人だが、少し嬉しい。
新曲披露のプレッシャーに押し潰されそうな時にこの2人に会うとホッとする。
この2人を見ていると、不可能な事も可能に出来そうな気になってくる。
「焼肉食べに行こう! この後は仕事ないんだろ?」
「2人こそ仕事は大丈夫なんですか?」
「今日は早めに切り上げてもらったんだ。志岐が今日しか日にちが空かないって言うからさ」
最優先でスケジュールを決められる御子柴さんより、新人の志岐くんのスケジュールを調整する方が難しいのだ。
◆
「とにかくさ、三分一マネが暑苦しくて、もう限界なんだ。食事制限も厳しくてさ。でもサッカードラマの撮影は終わったしそこまで厳しくする必要ないんだよな。たまには焼肉食べてラーメン食べてぎっとぎとになりたい日もあるだろ?」
個室で田中マネも含め、4人で焼肉を頬張りながら、御子柴さんが愚痴をこぼした。
どうやら三分一マネに相当ストレスをためているらしい。
きっと今日の焼肉も内緒なんだろう。
明日怒られるに決まっている。
三分一マネは御子柴さんを生きた芸術品のように思っているから、常に完璧に美しい状態で保たせるのが自分の使命だと思っているのだ。
その気持ちも分からなくはないが……。
「もう限界なんだ。明日にでも社長に言ってまねちゃんを戻してもらおうと思ってる。まねちゃんも地下アイドルは大変だろ?」
「それは……」
御子柴さんのマネージャーに戻りたい気持ちはあるが、今は困る。
「もう少し待ってもらえませんか? 今、ちょっと抜けられない状況なんです。どうしてもスターにしたい人がいるというか……」
「スターにしたい人?」
御子柴さんが箸を止めた。
「それってもしかして和樹ってヤツ?」
「和希を知ってるんですか?」
「知ってるというか、志岐から話は聞いてる」
「ああ」
私は先日の体育館のことを思い出して志岐くんを見た。
「そういえば、この間は和希が失礼なことばかり言ってごめんなさい。ずっと苦労してきたせいか、警戒心が強いというか、悪気はないんです。許してあげて下さい」
「それを何でまねちゃんが謝るんだよ。まるで恋人の不始末を謝る彼女みたいだよね」
御子柴さんが納得出来ないように口を挟んだ。
「和希は……凄い才能があるのに、不器用でまっすぐで……すぐに敵を作って……放っておけないんです。今は私に出来る全力で和希のサポートをしたいんです」
「それは俺よりも和樹が大事ってこと?」
「え?」
御子柴さんが不機嫌に私を見ている。
みんなの一番じゃないと気が済まない人だ。
それは分かっているが……。
「すみません。今は……和希のことしか考えられないです」
もっと巧い言い方があるはずだろうと思った。
でも御子柴さんには適当な言葉で誤魔化したくない。
今の正直な気持ちをぶつけるしかない。
御子柴さんと……志岐くんまでショックを受けたような顔をしている。
田中マネも驚いたように箸を止めていた。
「ふうん……。そんなにそいつがいいんだ」
御子柴さんの吐き捨てるような一言で、すっかり場がしらけてしまった。
そして、みんな食べることをやめ、無言のまま帰途の車に戻った。
◆
「な、なんかお通夜の帰りみたいだよね。みんな明日も仕事があるんだから、いろんな思いはあるだろうけど引きずらないようにね」
田中マネが運転しながら場をとりなすように告げる。
明日の仕事に差し障りがないように、今日の問題は今日中に解決したい人だ。
「……」
行きの車では私の隣に座っていた御子柴さんは、志岐くんを挟んで反対の窓際に座って無言で外を見ている。
そして志岐くんは、真ん中でピッチャー時代のポーカーフェイスになっていた。
「まねちゃんも、ほら、その和樹って子を別に男として好きって訳じゃないんでしょ?」
「え?」
「い、いや、だからいつものマネージャー気質で構ってるだけだよね。頼むから、そうだと言ってくれ」
「あの……それって……」
「どうなんだよ! そいつが男として好きなのか? はっきり答えろよ!」
追い討ちをかけるように御子柴さんが声を荒げた。
「い、いえ。あの……もしかしてみんな……」
とんでもない勘違いを訂正しようとしたところで、車の窓から思いがけない光景を見てしまった。
「ちょっ……! 待って! 田中マネ! 車を止めて下さい!」
「え? どうしたんだよ、急に」
「いいから止めてっ!! 和希が……」
「え?」
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