第206話 拉致

 地下ステージは最初に出た時より、明らかに雰囲気が変わっていた。

 私達3人がステージに立つのは2曲だけだが、私達が登場すると盛り上がりが違う。


「きゃあああ! 佳澄――っ! かわいいっ!!」

「和希ちゃんんん! 待ってたよ――!!」

「真音――! 今日こそ仮面取って!!」


 リナさんのソロ曲だというのに、和希や佳澄の方が声援が多い。

 そして仮面の私にも、変わり者のファングループが出来ていた。


 グッズがあるのか、みんな私と同じ仮面をつけていて、そこだけ異様な雰囲気だ。


「アウェイで歌ってるみたいだったわ」

 楽屋裏に戻ってから、リナさんが私達に軽く愚痴をこぼした。


「すみません……」


 3人並んで頭を下げた。

 さすがの和希でさえ、リナさんの歌の邪魔になったと感じていた。


「仕方がないわ。これがアイドルの世界なのよ。昨日ちやほやされても、今日には次のスターが出てくる。もう慣れたわ。あなた達もこの人気に浮かれないことよ。ファンは熱に浮かされたように一気に盛り上がるけど、冷めるのも早いわ。この人気をつなぐために、どんどん新しい魅力を発信していかなきゃならない。楽じゃないわよ」


「はい」


 リナさんは静華さんと共に、発足当時からいた初期メンバーとして落ち着いている。ギラギラした競争心は心の奥にとどめて、後進の育成にも配慮のある人だった。


「リナさん優し過ぎます。もっと怒ってもいいと思うわ」

「リナさんのステージを潰したようなもんじゃない」


「春本さんも少し考えてバックダンサーを選べばいいのに」

「ひいきし過ぎなんじゃないの? なんか裏取引でもあるの?」


 しかし他のメンバーはそこまで大人じゃない。

 ブツブツと文句を言っている。


「こらこら、不満を言わないの。春本さんの決定は静華さんの決定でもあるのよ。すべては『夢見30』のため。あなたたち全員のことを考えてのことなのよ」


「はあい……。すみません、リナさん」


 みんな静華さんの名前を出されると、しぶしぶ従うしかないようだった。




 そしてステージが終わった後、私達3人はまた静華さんの楽屋に呼ばれた。

 部屋にはいつものように春本さんもいる。


「思った以上にあなた達の人気が凄くなってきたわ」

 静華さんは満足そうだった。


「で、でも他のメンバーの不満もずいぶん大きくなってるみたいで……」

 私はこのままで大丈夫だろうかと、不安を口にした。


「そうね。分かってるわ。大きく飛躍するためには、平穏のままではいられないのよ。だから急いでいるの。新曲で一気に突き抜けてもらうわよ」


「突き抜けるって……、もし突き抜けられなかったらどうするんですか?」


「これだけあなた達を特別扱いして、何の結果も出せなかったら、グループは崩壊するわ」

 静華さんは、最初から分かっていたようにさらりと答えた。


「な! そんな!」


「覚悟してちょうだい。新曲が話題にならなければ、グループ内の不満が爆発して、あなた達3人を排除するか、グループ自体の解散しか道はないかもしれない」


「そんな博打ばくちのような……」


 私の呟きに春本さんが答えた。


「芸能界なんてすべて博打のようなものですよ。売れなければ消えていくだけ。勝負をしかけなければ、底辺を彷徨さまようだけだ。君達はそういう世界に入ったんだよ」


 蒼白になる私と佳澄に反して、和希はまったく動じなかった。


「覚悟は出来てます。やらなきゃ上に上がれない。こんなカスみたいな人生は終わりにしてやる。チャンスがあるなら全力でしがみつくだけだ」


 現状に希望の見えない和希にとっては千載一遇のチャンスなのだ。

 失うものなど何もない和希はいさぎよかった。


 そして私は、なんとしてもこの和希を、その才能に見合った場所に押し上げたかった。


「今日、残ってもらったのは衣装が出来たからなの。これよ」


 静華さんはクローゼットを開けて衣装を取り出した。


 それは……。


「かわいい……」

 佳澄が目を輝かせた。


 黒に紫のチェックの入った制服っぽいフォルムだが、少し異世界ファンタジーな要素も入っている。そして3着は少しずつ形が違っている。


「和希が基本の衣装で、佳澄は魔法少女のイメージで緑のフリルをつけて女の子っぽくしてあるわ。真音は青の仮面とマントでシックな感じに。そしてそれぞれにアイテムがあるの」


「アイテム?」


「これは練習用で即席に作ったものよ。これを手にダンスのレッスンをして欲しいの。和希と真音は色違いの剣。佳澄は新体操のようなリボンがついてるバトンよ」


 静華さんは、子供のオモチャを本格的に作ったような剣とバトンを机に並べた。


「歌詞は私が書いてるの。この衣装のイメージで少し書き換えたわ」

 今度は歌詞のコピーを私達にそれぞれ手渡した。


「初ステージまであと10日をきったわ。その歌詞をしっかり覚えて、仕上げてきてね。あなた達にこの『夢見30』の未来がかかってるのよ」


 どんどん責任重大になっていく。



 小1時間ほど話をして、私達は地下ステージを出た。

 すでに寮に帰るバスも出て、出待ちのファンもバスを追いかけていなくなっていた。


 バスがなくなったら、自分で電車を乗り継いで帰るしかない。

 寮住まい以外のメンバーは、いつもバスで最寄駅まで送ってもらって電車で帰っている。タクシーで帰らせてもらえるほどいい身分ではなかった。


「和希と佳澄は多少は顔が知れてるんだから、帽子とかマスクしてバレないように帰ってね」

「大丈夫です。毎日帰ってますから」


 佳澄と和希は慣れたものだった。

 寮住まいの私だけが初めて電車で帰る。


「大丈夫か、真音。駅までついて行ってやろうか?」

「え? 和希もこっちの駅じゃないの?」


「私はほら、バイトに行くから佳澄と一緒にあっちの駅なんだ」

「そ、そうなんだ」


 てっきり和希と一緒に駅に向かえると思っていた。


「でも大丈夫。道が分からなくなったら誰かに聞くから」


 それに仮面の私は別に顔を隠さなくても大丈夫だ。

 こういう時顔バレしてないと便利だ。


「そうか? じゃあ、また明日な」


 道には不慣れだが、子供じゃないから和希の手を煩わせる必要はない。

 ただ、レッスン用にもらった仮アイテムが邪魔だ。


 布でくるんであるが、剣は長くて背中に背負うと結構怪しい。

 本物っぽく作ってあるから、職務質問でもされたら銃刀法違反で捕まりそうだ。

 気をつけないと。


 そんなことを考えながら歩き出した私の横に、すっと黒塗りの車が近付いてきた。こんな狭い路地裏を迷惑な、と思いながら道の端に寄る。


 しかし突然、車は私の少し先で停まった。


「?」


 首を傾げながら歩いていくと、急に後部座席のドアが目の前で開いた。


「え?」


 あっと叫ぶヒマもなかった。

 車の中から伸びた両手が口と腰を覆って、そのまま車の中に引きずり込まれた。



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