第205話 堕天使3
「あー、ダメダメ。真音はどうしてそこで動きを止めちゃうのかなあ」
「佳澄はなんでワンテンポずれるの? もっと素早い動きにして」
3人の秘密の特訓が始まって2週間が過ぎていたが、私と佳澄は相変わらず上達しなくて、和希だけがどんどんクオリティを上げていっていた。
「このままじゃあ、せっかくの和希のダンスを後ろの2人がぶっ壊すことになるわよ」
「すみません……」
私と佳澄も努力はしているのだが、才能もないものが2週間頑張ったところで大した成長を見せるはずもなかった。
「曲も仕上がって、10日後には初ステージが予定されてるのよ。こんなんじゃとても間に合わないわ」
講師の先生は頭を抱えていた。
レッスンの後半はボイストレーナーの先生も来て、歌のレッスンもするようになっていたが、ここでも私と佳澄は音痴とまではいかなくとも、プロと名乗れるレベルのものではなかった。
しかし、和希は歌でも才能を発揮して、ボイストレーナーの先生が惚れこんでいる。型やぶりなハスキーボイスは中性的で、荒削りだけど魅力がある。
結局、和希がメインボーカルというか、私と佳澄はバックコーラスで参加するぐらいになってしまった。
和希の負担ばかりが大きいので、せめてダンスぐらいは足を引っ張らないようにしようと、佳澄と励まし合っているのだが、思うように踊れなかった。
「動きは完璧に覚えてるのになあ。上段構えから左袈裟切り、そのままステップを踏んで回し蹴りの右チョップでしょ……」
ブツブツとひとりごとを言いながら動きを確認する私に、講師が目を止めた。
「なに? その上段構えとか右チョップとか」
「あ、これは殺陣を覚える時の要領でダンスの動きを覚えているので……」
「……」
講師先生は何かを考え込んでいる。
「あ、あの……ダメでしたか?」
おずおずと尋ねる私の両肩を、講師先生はガッと掴んだ。
「これだわ。いい方法を思いついたわ」
「え?」
「今回の楽曲は、堕天使3人が出会ってお互いを仲間と認め合って敵と戦うという歌詞だけど、揃ったように同じ堕天使である必要はないのよ」
「ど、どういうことですか?」
「ゲームなんかでは違う特技を持つ者が集まってパーティを作るでしょ? 勇者とか魔法使いとか。あなた達も違う特技を持つ堕天使という設定でいきましょう」
「違う特技?」
「まず和希は主人公の勇者よ。そして佳澄はバトンを使う魔法使い。真音は殺陣が得意な仮面剣士よ。それなら要所要所でシンクロしていれば、さほどダンスの未熟さが目に付かないわ」
「け、剣士ですか……」
確かにダンスよりは剣を振り回す方がうまく出来そうだ。
「急いで振り付けを考え直すわ。和希はこのままでいい。あなたは今のまま歌とダンスを練習して。他の2人は急いで衣装の変更と、歌詞も少しだけ修正が必要かもね」
講師先生は言うが早いか、どこかに連絡し始めた。
堕天使3の初ステージまで、あと10日。
ようやくしっくりと形になろうとしていた。
◆
秘密のレッスンの合間には、ステージに立って場慣れする必要があった。
3人だけでステージに立つというのは、思った以上に荷が重い。
『夢見エンジェル』のバックで踊る時は、3人だけ違う衣装とは言ってもセンターには5エンジェルがいて、ベテランのメンバーがステージを盛り上げてくれる。
わずか5分ほどの時間とはいえ、3人だけでステージを作るというのは簡単ではない。観客の熱気に圧倒されてしまうことだろう。
だから『夢見エンジェル』とは別に、リナさんのソロ曲のバックダンサーを3人で任されることになった。
衣装はタキシードのままで、私はもちろん仮面をしたままだ。
新人には異例の抜擢だ。
おまけにいつの間にか私達のグッズまで出来ていた。
タキシードの黒に、堕天使っぽい紫の装飾が入ったタオルやTシャツやリストバンドだ。
異常とも言えるほどの特別扱いに不満も出れば、首を傾げるメンバーもいた。
水面下で何かが始まろうとしてるのを、メンバーもファンも感じているようだった。
そして堕天使3のお披露目が近付いたある日。
ステージのある建物前に到着したバスの中から、ビルの前に大行列が出来ているのを見て驚いた。
地下ステージの入り口から階段をのぼって外にまで行列が出来ていた。
「な、なに? あの行列?」
ステージは満員のこともあったが、半分ぐらいしか埋まらない日もあった。
当日券は
だがこのところは完売が続いていると春本さんが言っていた。
そしてついに、今日はビルの前に行列が出来ている。
みんなバスの窓に乗り出して行列を見ている。
長くステージに出ているメンバーですら、これほどの行列を見たことがないらしい。
「あの狭いステージじゃ、並んでる人全員は入れないわよね」
「見て、あの最後列に並ぼうとしてる人達」
「行列にビックリしてるわ。それにしても、なに、あの恰好」
「フードかぶってサングラスにマスクって変質者みたいよね」
「でもオタクファンにしては……体格のいい人達よね。怪しい組織の人?」
「やだあ、気持ち悪い」
確かに最後列で、やたらに体格のいい2人組が、並ぶかどうするか悩んでいるようだった。
こういうステージを見にくるのは初めてなのか、えらく挙動不審だ。
しかも2人とも地下ステージを見に来たことを知られたくないのか、変装してるつもりらしいが、余計に目立っている。
まあ、地下アイドル好きだということを隠している人もいるんだろう。
余程覚悟を決めて見に来たに違いない。
でも気の毒だが、たぶんあの行列の位置だとチケットは買えないだろう。
「今日は誰かの卒業公演でもあるんですか?」
無邪気に尋ねる佳澄に、スミレが
「分かって聞いてるの? 行列の人達のグッズを見れば分かるでしょ? あんた達のファンが増えたのよ。言わせたくて聞いてるんでしょ」
「え?」
もちろん佳澄にそんなつもりはない。
そしてもう一度行列を見ると、確かに黒と紫が目につく。
私達3人のTシャツやらタオルを身につけてる人達だ。
「い、いつの間に……」
SNSの盛んなこの時代、噂が広まるのも早い。
私はともかく、新たな美少女、和希と佳澄の噂があっという間に広まったのだ。
さらには、期待を裏切らない和希のスター性がファンを離さない。
和希がスターになる時が来たのだと、私は感じていた。
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