第202話 和希の秘密①

「ねえ、あなた達、レッスンスタジオに行かないで、いつも何をしてるの?」


 しばらくクラスでは誰にも話しかけられなかった。

 だが秘密のレッスンをし始めて1週間ほどすると、レッスン組の1人がたまらずに和希の机を囲んで座っている私たちに尋ねてきた。


「あの……私達3人はあまりにダンスが下手なんで特訓を……」


 佳澄がおずおずと答えた。

 新ユニットのことは、しばらく内緒にするように言われている。


「ずいぶん特別扱いよね。なんであんた達だけ。私だって特訓してもらったら、もっとうまくなってステージに立てるのに」

 レッスン組のクラスメートたちが不満気に呟いた。


「そうよそうよ。ずるいじゃない。私達だってタキシードを着て踊ったらもっと目立ったわ。そしたらステージ組になってたのに」


 なかなかレッスン組から抜け出せないメンバーは、焦っている。

 クラスメートの中には、夢見学園に入学する前の中学から『夢見30』に入れるようにレッスンを積んでいる子もいる。

 発足当初からの初期メンバーなのに、5年経ってもレッスン組から抜け出せない子もいた。


 少しでも有利になるようにと、高い授業料を親に払ってもらって夢見学園に入学した子も多い。結果を出さなければ親に申し訳ないと焦っている子も大勢いた。


 みんなそれなりのリスクを背負って、ステージ組になれる日を夢見ているのだ。


「くだらない」


「!!」


 突然発したハスキーな声に、クラス中が静まり返った。

 こういうことを言う人間は決まっている。


「聞き捨てならないわね、和希! なにがくだらないって言うのよ!」


「くだらないだろ。特別レッスンを受けていたら、タキシードを着ていたら、どうだってんだよ。そんなことをねちねち考えてる暇があるんなら、自分らしいダンスを追究して、ファンの目につく方法を考えればいいだろ? そんなだからいつまでたってもレッスン組なんだよ」


「な! なんですって!!」


 ひいいい。

 今のは和希が悪いです。


 才能がある人には、頑張ってもどうにもならない凡人の気持ちなど分からないのです。そして凡人には才能ある人の正直な発言は嫌みにしか聞こえないのです。


「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」

「あんたって最初っから気に食わなかったのよね」

「何様のつもりよ! ヘタくそのくせに!」


 おそらく教科書通りのダンスを必死で練習してきた子にとっては、和希のダンスは下手くそでなってないのだろう。正しく踊れるかで審査するコンテストなら、和希はたぶん受からない。そういう子たちから見れば、納得できないに違いない。


 でも人の心を震わせるダンスとは、正しさとは別の次元にある。

 それに気付かないから万年レッスン組なんだろうが、そんなことを説明してもやっぱり納得できないだろう。


 教科書通りな正確さを追求してきた人は、今さら個性を作るのは難しい。

 夢の終わりを告げるようなものなのだ。

 これからどう頑張っても和希のようなスター性は持てないだろう。


 選ばれた者しか上っていけないのが、この世界のおきてなのだ。


「悔しかったら上がってくればいいだろ? ここは実力主義じゃなかったのか?」


「な、なによ! 入ってきたばかりの新人のくせに! あんたなんか……」

 我慢しきれず、1人が和希の制服の襟を掴んだ。


「ちょ……、暴力はやめて下さい。和希も言い過ぎだって……」

 私は割って入って、和希の襟を掴む手をさらに掴んで引き離そうとした。


「間違ったことは言ってない」

「なんですって!!! このっ!!」


「ダ、ダメッ!!」


 グーで殴りかかるクラスメートの拳を思わず私の腕で受け止めた。

 ガタンッ! と反動で和希の机にぶつかってよろめく。


「きゃあああ! 真音!」

 おろおろと見ていた佳澄が悲鳴を上げる。


 結構、本気の鉄拳だった。


「……っつ……」


「真音……」

 和希は腕を押さえてしゃがみ込む私を見て、初めて顔色を変えた。


「こ、こいつ……」

 ダンッ! と机を蹴り飛ばして、今度は和希が相手の襟に掴みかかった。


「きゃあああ!! 何するのよっ!!」

「何するだと? お前の方こそ真音を殴っただろうが! お前も殴ってやる!」


「和希! やめてっ!! 私なら大丈夫だから!」

 あわてて止めに入った私が、今度は和希の拳を肩で受けた。


「……っつ……、いたた……」


「ま、真音! なんで入ってくるんだよ。私はこいつを……」

「もういいから、落ち着いて! これ以上怪我させないで!」

「……」


 痛みでうずくまる私に2人とも正気を取り戻したのか、なんとかその場はおさまった。しかし一触即発のムードで教室はピリピリしている。


 私は静華さんの心配していた空中分解が始まっていると感じていた。

 突き抜けるなら、早く突き抜けてしまわなければ手遅れになる。




「ごめんな、真音。大丈夫か?」


 放課後の芸能1組の体育館で服を着替えていた。

 そして和希が私の腕と肩の青アザに気付いて、珍しく素直に謝った。


 仮面ヒーローのかさぶたがようやく治ったと思ったら、また青アザを作ってしまった。静華さんに見つかったら怒られそうだ。


 でも和希を守れて良かったと、少しホッとしていた。


「うん、大丈夫。殺陣たての練習で慣れてますから」

 剛田監督の殺陣練習はこんなものではなかった。だから臆せず止めに入れた。


「和希はもうちょっと発言に気をつけて下さい。わざわざ人を怒らせることを言わなくてもいいでしょ?」

 佳澄も着替えながら、呆れたように注意した。


「ああいうヤツらには足元を見られたら終わりだ」

 ふて腐れたように言う和希は、いつも何かに追い詰められてるような気がする。


「あれ? 和希も青アザがあるじゃない! さっき怪我したの?」

 佳澄は、着替えている和希の背中に青アザがあるのに気付いて叫んだ。


「え? どこかにぶつけたんですか?」

 守りきったと思っていたのに、どこか怪我していたのか。


「こ、これは……昨日ちょっと通学途中に急いでて駅でぶつけたんだ」


「背中に青アザが出来るなんて、どんなぶつけ方をしたんですか。意外に和希ってドジですね。あ、ほらこっちにもアザがありますよ」


「……」


 無邪気に和希の背中を指差す佳澄と違って、私は驚いた顔で和希の背中を見つめていた。


「和希、それ……」


 殺陣の稽古をして、志岐くんや御子柴さんの手当てをしてきた私には分かる。

 

(蹴られた跡だ……)


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