第201話 放課後レッスン

 翌日の授業が終わると、私達3人はレッスンバスに乗り込まず、教室待機になった。教室に残ったままの私達に声をかけるクラスメートはいない。


 トップ3の3人は何か言いたげにしていたが、結局何も言わずに行ってしまった。おそらく亜美ちゃんあたりから話しかけるなと言われてるんだろう。


 しばらく待って2台のバスが行ってしまった頃、担任が呼びにきた。


「今日から特別に芸能1組の体育館を使ってレッスンすると聞いています。芸能1組の体育館は4階の学園長室の隣にあります。本来は芸能1組の生徒と教師以外入れないので、生徒がみんな帰った後でしか案内出来ませんからね」


 私達はエレベーターと3・4階入り口のゲートを通れるカードをそれぞれにもらい「帰りに返して下さいね」と言われた。


 久しぶりの芸能1組だが、相変わらずのセキュリティだ。


「うわ、お洒落」

「芸能1組ってこんなところなんですね」


 和希と佳澄はエレベーターを降りると、初めての芸能1組階の豪華な装飾にキョロキョロしている。

 4階の体育館なので3階の教室階は通らないが、それでも懐かしい。


 ほんの少し前までここで志岐くんや御子柴さんと過ごした日々が思い起こされる。2人が授業でバスケをしていたのは、ほんの2ヶ月ほど前の話だ。


 閑散とした体育館に入って動きやすいレッスン着に着替えると、講師の先生が入ってきた。アラフォーぐらいの、はつらつとした女性だ。


 春本さんから、教え子が次々とヒットを飛ばしている有名なダンス講師だと聞いている。


「あら? 女の子3人って聞いてたけど、男の子もいるの?」


「え?」


 私と和希は制服姿だと一応女の子に見えるが、レッスン着に着替えるとショートカットのせいもあって男の子に見える。特に和希の持ち物は全部男っぽい。


「え? あら、ごめんなさい。女の子だった?」

 言ってからダンス講師は少し考える表情になった。


「あの……」


「ああ、ちょっと振り付けを考えてたの。新しいユニットを組むって聞いてるわよね。つまりあなた達3人のための曲を作ってるのよ。ロック調のハードな曲だって聞いてるわ。私はその振り付けも担当することになってるの」


「振り付け……」


「振り付け師にもいろいろいるわ。自分で振り付けを作りこんで、その通りに踊ってもらう人から、演者の個性を見て1人1人に合った振り付けを考える人まで」


 ベテランっぽい講師は、私達3人をじっくり見つめて頷いた。


「私は後者なの。だから第一印象はとっても大切よ。誰にどんなダンスをさせたいか、インスピレーションを一番感じるのは第一印象だから。そしてこんなに次々にインスピレーションが浮かぶのは久しぶりだわ。ワクワクしてきた」


 講師は男っぽい私と和希に、清楚な黒髪の佳澄という3人トリオが気に入ったらしい。


「まずは基本的なステップがどの程度出来るのか見せてもらいましょう」


 最初に踊って見せたのは佳澄だった。

 そしてすぐに講師の顔色は雲ってきた。


「見た目通りではあるけれど、動きが緩慢ね。ロック調のダンスなんて踊れるのかしら。でもその長い黒髪は素敵ね。多少の未熟さは黒髪がカバーしてくれるかも」


 難しい顔をして、ノートに何か書き込んでいる。

 そして今度は私が踊ってみせた。


「な、なに? そのぎこちない動きは。なぜストップモーションが入るの?」

「す、すみません。殺陣たてをずっと練習してたので、クセが抜けなくて」

「殺陣?」


 講師は眉間にシワを寄せて、またノートに書き込んでいる。


「困ったものだわ。このクオリティで売り出すなんて、出来るかしら」

 あまりに2人がヘタくそで、ショックを受けているらしい。


「じゃあ、次は和希。あなたもこのレベルなのかしら。踊ってみて」

 講師は期待するのを諦めたように和希に命じた。


 そして和希が基本のステップを音楽に合わせて踊り出すと……。


「……」


 みるみる講師の目の色が変わり始めた。

 私と佳澄の時とは、明らかに様子が違う。


 滅多に見つからない宝石を見つけたように和希のダンスに心奪われている。


 そうだろうと思った。

 やはりベテランのダンス講師から見ても、和希のダンスは魅力的だ。

 1度見たら目が離せない。


 なんだか自分のことのように和希が誇らしい。

 私達の和希は凄いでしょう、と自慢したくなる。


「あ、あなたはダンス歴は長いの? 誰かに習ってた?」

 和希のダンスが終わると、すぐに尋ねた。


「いえ。『夢見30』のグループに加入してからだから2ヶ月ぐらいです」

「そ、そうね。荒削りだものね。それに基本からきっちり習ってたらもっと教科書通りのつまんないダンスだったわね。なにかしら、この沸き立つ感動は。枠にはまらない衝撃というか。それでいて綺麗なのよ」


 なんとなく言いたいことはわかる。


 決して完璧ではないけれど、手足の長さ、しなやかさ、寝ぐせがついたままのような髪も、怒りのこもった視線も、やんちゃな少年のような躍動感も、すべてがマッチしていて、訳の分からない感動を呼び覚ます。


 和希だけが発する和希だけのダンス。

 そんなものが和希にはあるのだ。


「あなたは私に出会えてラッキーだったわよ。他の中途半端な講師なら、きっと正しくてつまらないダンスに矯正しようとしたわね。せっかくの溢れる個性を潰されてたかもしれない。でも私ならあなたを生かせるわ。あなたの個性そのままに、あなたが最高に輝く振り付けを考えてあげる。レッスンは厳しいわよ、3人とも覚悟しなさいよ」


「はいっ!」


 どうやら和希に最適な振り付け師に出会えたようだ。

 あとは私が足を引っ張らないように頑張るしかない。



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