第200話 新ユニット

「いたっ!」


 レッスンスタジオに着いて、ダンスシューズに履き替えようとした和希が声を上げた。


「どうしたの?」

 私と佳澄が服を着替えながら尋ねた。


「靴になんか入ってる」


 靴を脱いでひっくり返すと、中から画鋲がびょうが出て来た。

 とてもオーソドックスなイジメだが、激しいダンスを踊るアイドルにとっては結構悪質ないたずらだ。


「きゃっ。血が出てるじゃない。親指の先」

 佳澄が蒼白な顔で指をさした。


 和希のソックスの先が血で赤く滲んでいる。

 離れたところで同じように着替えているレッスン生が、チラチラ見て囁き合っている。間違いなく犯人はこの中にいる。


「和希、靴下を脱いで。消毒しましょう。足は雑菌が入りやすいから膿んだりすると強いステップが踏めなくなります」

 御子柴さんのマネージャー時代から、簡単な救急道具は持ち歩いていた。


 手馴れた調子で手当てをして、痛みが響かないように軽くテーピングをする。

 その手際を見て、和希と佳澄が感心した。


「真音って器用だよな。なんでそんなもん持ち歩いてるんだよ」

「この間、服を引っ張られて破られた時はソーイングセットが出て来たしね」


 マネージャーとして不測の事態に備える準備は常に出来ている。


「そんなことより、今度からは靴を履く前に中を確認するようにしましょう。アイドルとして怪我は一番気をつけなきゃダメです」


「そうだな。気をつけるよ」

「なんだか周り中、敵だらけで怖いです」


 佳澄が怖がるのも分かる。

 この間から、細かいいたずらが続いている。


 特に学校とレッスンスタジオでされることが多い。

 地下ステージの時は、緊張もあるし静華さんと春本さんもいるので目立ったことをする人はいない。


 それにステージを重ねるごとに、和希の圧倒的な存在感と才能を、観客の歓声を通して感じているメンバーは、少しずつ認め始めていた。


 ただ、亜美ちゃんは冷たかった。


 先日、初めて一緒にステージに立ったが、すでに私達3人のファンの数の方が上回っている雰囲気だった。別の仕事で休みがちな亜美ちゃんより、これから期待の目新しい新人の推しになるファンの方が多い。


 亜美ちゃんが冷たくなる気持ちも分からなくはない。


 アイドル世界の栄枯盛衰は戦国時代よりシビアだった。


 こんな日々の中で、私は下手くそながらも歌とダンスを覚えて、和希と佳澄を守ることに全力を尽くしていた。




 ある日のステージ終わりに私達3人は静華さんの楽屋に呼び出された。


「あなたが男の人と歩いているところを見たって報告が上がっているの、和希」


 いつものように私達3人が並んで立つ前で、静華さんと春本さんがソファに座っていた。そして唐突に静華さんは和希に問いかけた。


「……」


 目を丸くする私と佳澄の真ん中で和希が黙って静華さんを睨みつけた。


「『夢見30サーティ』は恋愛禁止っていうのは知ってるわよね。まさかと思うけど、付き合ってる人がいたりしないわよね?」


「……」


「どうなんですか? これから売り出していこうって時に、少しでも怪しい行動があっては困るんですよ。何か思い当たることでもあるんですか? 答えて下さい」


 珍しく春本さんの口調も厳しい。


 黙りこむ和希にまさかと思った。


 しかし……。


「ふん! バカバカしい。私達の人気を妬んだ誰かの捏造ねつぞうです。男なんかと付き合うぐらいなら死んだ方がマシだ。怒りで言葉が出なかっただけです」


「なんだ。ビックリした。答えないから本当かと思ったわよ」


 静華さんと同じく、その場の全員がホッとした。


「そうだと思いました。実は真音さんと佳澄さんにも同じような報告が上がってます。二人も彼氏がいたりしませんよね?」


 春本さんに尋ねられ、今度は私と佳澄があんぐりと口を開けた。


「な、無いです。彼氏がいたことなんてないです」

「あ、ありえません! 彼氏なんてけがらわしい! 信じて下さい、静華お姉様!」


 佳澄は涙をためて静華さんに身の潔白を叫んだ。


「もちろん信じてるわ。佳澄は男の人と付き合うなんて出来ないと思ったの。でも報告が上がってきたからには、一応確認しないわけにはいかないから。疑ってごめんなさいね、3人とも」


 どうやら嫌がらせは面と向かってだけではなく、こういう方面にも及んでいるらしい。


 ただし、1人だけなら疑われるが、3人同時に上がったことでむしろ怪しくなった。おそらく別々の子がチクったのだ。


「どうやらいろいろイジメを受けているようですね。3人が孤立しているのは、見ていても分かります。このままではいずれグループ不和が問題になってくるでしょう」


「だから私と春本さんは、グループが空中分解してしまう前に手を打つことにしたの」


「手を打つ?」


 静華さんの言葉に私達は首を傾げた。


「方法は3つあるわ。1つはグループ不和の原因となるあなた達を排除すること」


「!」


 私達3人は蒼白になって静華さんを見つめた。

 まさか私達を地下アイドル組から追放しようというのか。


「私、やめたくないです。男嫌いでダンスも歌も下手ですけど、もっともっと頑張りますから。どうか静華さんのそばに置いて下さい」

 佳澄のモチベーションの根っこはズレているが、頑張ろうという気持ちに違いはない。


「そうね。3人とも周りの冷たい反応にも負けず、頑張ってると聞いているわ。だから2つ目として、もっと頑張って、きちんとみんなの中に紛れるようにダンスを揃えること」


 2つ目の提案には和希が真っ先に反対した。


「イヤです! みんなに紛れて埋もれてしまうなんて絶対イヤだっ!!」


「あなたは多分そう言うだろうと思ったの。だったら3つ目しかない訳だけど」


「3つ目?」

「それは何ですか?」


 静華さんは一呼吸置いて言い放った。


「突き抜けることよ」


「突き抜ける?」


「そうよ。圧倒的な実力で誰も文句が言えないぐらい突き抜けてしまうこと」


 静華さんが、どうということもないように答えた。

 そして春本さんが続ける。


「君達3人に新しいユニットを組んでもらいます。明日から夢見学園の芸能1組の体育館を借りて放課後に別メニューのレッスンをして下さい。新ユニットは、うまくいきそうなら夢見プロの力を使って大々的なプロモートをしていきます。そして圧倒的な知名度を得て、『夢見30』を中心になって引っ張っていって欲しいのです」


「ええっ?!」


 驚く私と佳澄の横で、和希だけが「よしっ!」と小さくガッツポーズを決めた。


「『夢見30』はようやくコンサートを出来るぐらいの楽曲と人気を得るようになってきました。でも、残念ながら他のアイドルグループたちから突出したものはない。大々的にデビューしたところで、大した話題にもならず消えていく可能性が高いでしょう」


「あんなに人気があるのに?」


 地下ステージのファンの熱気を見る限りは、武道館でも満員に出来そうな気がする。


「狭いライブ会場では、そんな風に錯覚してしまうのも仕方ありません。ですが、ライブ会場を出て広い世界にいってみると、全然通用しなかったなんてよくあることなのです。いや、ほとんどがそうだと言ってもいい。そんな中で売れる方が奇跡なのです」


 御子柴さんや志岐くんを見ていると、誰もが簡単に売れていくような気になってしまうが、やはり厳しい世界なのだ。


「グループ全体を引っ張っていく起爆剤のような存在が必要です」


「それが私達だと?」

 和希が尋ねた。すでに決意を固めている雰囲気だ。


 落ちこぼれトリオだの、問題児トリオだのと言われてきたのに?


 一番慌てたのは私だ。


「ま、待って下さい。和希と佳澄は分かりますが、私は必要ですか? 確かに握手会に並ぶ人は結構いますが、いまだに仮面を外したこともないんですよ」


 頬の傷はずいぶん治ったが、いまさら外したところでガッカリさせるだけだと分かっているのでそのままにしている。

 その謎の部分に期待して並んでいるだけだ。


「そのままでいいのよ、真音は。人気のあるグループの中には、顔出ししないメンバーがいるってこともよくあるでしょ? ピエロだったり白塗りだったり」


 それはあのグループやこのグループのことですね?

 いや静華さん、私をどんな大物と比べてるんですか!


 和希を応援したいとは思っているが、私には荷が重すぎる。

 断ろうと口を開く前に、春本さんが決定事項のように告げた。


「君達にはアイドルとして致命的な男嫌いということで、『ファイブエンジェル』と対極の存在、『堕天使だてんしスリー』というユニットを組んでもらいます」


 えええ――――!!


 と……。

 とんでもないことになってしまった。

 いや、そもそも私は男嫌いではないのだけど……。


 そんな言い訳が通用しそうな雰囲気ではなかった。



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