第199話 メンズボックスの面々、その後(閑話)

和樹かずき?」


 メンズボックスの撮影で志岐しきと顔を合わせた御子柴みこしばは聞き返した。


「はい。地下アイドル3組のクラスメートみたいです」

「誰だ、そいつ?」


「地下アイドル組には男子アイドルもいるらしいので、たぶんその1人だと思います」

「そいつのことをカッコいいって言ってたのか?」


「はい」

「俺よりも?」


 不満気に尋ねる御子柴に、志岐は苦笑した。


「それは分かりませんが、御子柴さんにも匹敵するぐらいのオーラを放っていると、えらく気に入ってる風でした」


「なんでそういうことをこの間会った時に言わないんだ。そしたら問い詰めたのに」

「すみません。ゴミ屋敷を掃除させてしまった申し訳なさで忘れていました」


 恐縮する志岐に御子柴は思い出したように尋ねた。


「そういえば掃除ヘルパーは頼んだのか?」

「いえ。まだ」


「何やってんだよ。俺が田中マネ経由で頼んでやるよ」

「いえ、御子柴さんの手を煩わせるわけには……」


「いいんだよ。せっかくまねちゃんと会えても、また掃除三昧で話も出来なかったら困る」

「す、すみません」


 2人で話していると、自分の撮影を終えたれんが会話に入ってきた。


「そういえばマネージャーの魔男斗まおとはどうしたのさ。最近見ないよね」


「しばらく自分の仕事が入ったからマネージャーは中断なんだよ」

 とりあえず、魔男斗を知っている人間にはこう説明している。

 

「魔男斗いないのか。残念だな。あいつってからかうと面白いんだよな」

 大河原おおがわらも撮影から戻ってきて会話に混じった。


 今は別の撮影セットに組み替えるため、スタッフが忙しく働いていて、モデル4人は休憩のような感じだった。


 丸テーブルには編集部やスポンサーからの差し入れが並んでいる。


 高級手みやげから、行列の店のケーキから新発売の駄菓子まで、売れっ子4人への気遣いが各所に見える。


 トップアイドルの御子柴はもちろん、映画にドラマにと活躍の場が増えてきた大河原に、ポップギャルの人気モデルりこぴょんとの破局で話題の廉、そして何より今一番の注目株の志岐に対する評価はうなぎのぼりだった。


 この4人をようするメンズボックスは、男性誌にも関わらず最近は女性ファンが大量に買っているらしく、雑誌が売れないと言われている今、断トツの売上を記録していた。


「今度、海外で撮影するって話が出てるじゃん。それにも来れないのかな、魔男斗」

「ああ。スケジュールの調整の連絡が来てましたね」

 売上貢献の4人に、ごほうびの海外ロケの話が出ている。


「男4人で行ってもつまんねえよな。彼女連れじゃダメなのかな」

「ごほうびと言っても仕事だもん。それに彼女いるヤツなんていないでしょ」


 みんなの視線は自然に廉に向けられた。


「そういえば、お前りこぴょんと復縁はないのか? 向こうは今でも好きだって、この間のファッションショーのインタビューで答えてたじゃん」


 大河原に正面きって尋ねられて、廉は頭を抱えた。


「そうなんだよね。もう無理だって思ったんだけどさ、やっぱりりこぴょんほど最高の女っていないでしょ? どんな可愛い子を見てもやっぱりりこぴょんの方が可愛いって思っちゃうと全然気持ちがいかないんだよな」


 恋は盲目状態の廉に、3人は苦笑した。


「お前、さっさと復縁しろ。向こうも待ってるよ」

 御子柴にでこピンされて、廉は心が決まったように額を押さえて微笑んだ。

 

「あーあ、いいな廉は。俺も蘭子に会えないかと思ってイザベルの情報集めてんだけど、最近は全然活動してないみたいなんだよな」


 大河原の発言に志岐と御子柴はぎょっとした。


「大河原さん、まだ蘭子を引きずってたんですか?」


 大河原は魔男斗と蘭子が同一人物だということにまだ気付いていない。それどころか廉と大河原は、いまだに魔男斗を男だと信じて疑っていなかった。


「手が届かないと思うと執着しちまうんだよな。ポップギャルにも載ってないかと思って毎月買ってんだけど、最近はゴスロリページがなくってさ」


「大河原さん、ポップギャル買ってんですか? 女性ファッション誌ですよ」

 月によっては女性向け小物の付録までついてたはずだ。


「おう。この間の付録のポーチは便利だぞ。身だしなみセットを入れてんだ。これからは男もリップやファンデーションを持ち歩く時代だぞ」


 いかついツーブロック頭で何を言ってるんだと、3人はやっぱり苦笑した。


「それにしてもイザベルって謎だよな。結局何才なのか、ポップギャル以外は何の仕事してるのかも分からないんだよ。事務所も田崎さんがマネってことは夢見プロだろうけど、他のマネージャーに聞いても知らないって言うしさ。夢見学園では見かけなかったから、高校生じゃあないのかな?」


 まさか、いつもいかがわしい裏動画を見せてからかっている魔男斗だとは気付いてない。


「そういえば夕日出のヤツ、さっそく巨乳美女とホテルで密会してるところをスクープされてたな」


 大河原は蘭子の話から夕日出を思い出したらしい。

 先日のスポーツ誌で大きくスクープされていた。


「でも2軍の試合でまたホームラン打ってましたよ。1軍に上がるのも秒読みって言われてますよね。やっぱり凄い人です」

 志岐は野球を離れた後も、高校野球やプロ野球のニュースは気にしていた。


「はんっ! 結果さえ出せば何でも許されると思ってやがる。あいつ俺の蘭子にもちょっかい出してやがったんだよ。まあ俺の蘭子はあんないい加減なヤツ相手にもしなかったけどな」


 大河原は卒業式で夕日出に「イザベルに会わせろ」と無理矢理映画の撮影現場について来られたと言っていた。

 そこでこっぴどく蘭子に振られて落ち込んでいるところは志岐も目にしていた。


 でもその後もちょいちょい電話がかかってくるとは真音から聞いている。

 スポーツトレーナーの講座を紹介してもらうと言っていたが、どうなったのかは知らない。

 今は携帯の番号も変わって、連絡出来ないのかもしれない。


 真音を気に入ってはいたが、1人の女性に固執して純愛を貫くようなタイプではないので、適当に遊んでいるのだろう。いかにも夕日出らしい。


「それにしても最近の志岐の人気は凄いよな。もう外を1人では歩けないだろう」

「はあ、まあ。この間小さい仕事だったんで電車で行こうとしたら取り囲まれて大変でした」


「当たり前だろ。志岐を電車で移動させるなんて、マネージャーは何やってんだよ」


 相変わらずの小西いいかげんマネは、適当に仕事をこなしている。


 今も「撮影が終わるまでちょっと出てくるね」と言って出て行ったきり、どこに行ったのか分からない。送迎車の運転は、別の運転手がするので、正直いって、いてもいなくても違いはなかった。

 それでも一応スケジュール管理と、たまにどうでもいいような仕事を取ってくる。


 大きい仕事のほとんどは、志岐が自分で開拓していたが、小西マネは自分の手柄のように報告しているらしい。

 先日は給料が2倍になったと喜んでいた。


「マネージャーに不満があったら社長に言っていいんだぞ。もっといいマネに変えてもらえ。お前の今の人気なら、なんでも聞いてもらえるぞ」


「はあ。ですが特に困ったこともないので……」


「人がいいのも程々にしろよ。でもまあ、お前や御子柴の場合、女性スタッフなんかがあれこれ世話を焼いてくれるから困らないのかもな」


 実際『メンズボックス』でも『仮面ヒーロー』でも『兄をたずねて三千里』でも、女性スタッフが頼まなくとも過剰なほどに声をかけてくれる。

 仮面ヒーローなんて、まっちょ軍団までがぺったりとついてくる。


「そうだ。お前、魔男斗が戻ってきたらやってもらったらいいじゃん。あいつって若いけど細かいことに気が付くし、使えるヤツじゃん。お前も妙に気に入ってたみたいだし」


 唐突な大河原の提案に、志岐と御子柴は顔を見合わせた。


「ま、魔男斗は今忙しいみたいだからそれは無理かと……」

「魔男斗は俺のマネージャーだから、志岐でも譲らないよ」


 志岐が答え終わる前に御子柴が断言した。


「……」


 ほんの一瞬目を合わせた2人に、無言の火花が散ったように見えた。


「なんか好きな子でも取り合ってるみたいだよね。魔男斗愛されてるね」


 脳天気な廉の言葉で締めくくると、再び撮影が始まった。


 相変わらずな面々の相変わらずな一日だった。


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