第198話 孤立する3人

「亜美は相当ショックだったみたい」

「あのファンの子たちって亜美の初ステージからの推しだったみたいよ」


「あっさり新人に横取りされちゃうんだものね」

「怒って当然よ。あんなド素人で歌もダンスもヘタくそのくせに」


 みんなが噂する声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 大体はその通りなのだが、少しだけ間違っている。


 ド素人3人組なのは間違いないが、歌もダンスもヘタくそなのは私と佳澄だけだ。


 和希に関してだけ言えば、協調性がないというだけで歌もダンスも巧い。

 その巧さ以上に個性が光っている。


 それはみんな不本意ながらも心の中で認めているはずだが、今は3人ひとまとめに気に入らないようだ。


 どうやら私達3人はみんなから『敵』と見なされたらしい。

 教室に入った後も、私と佳澄に話しかけてくる子はいなかった。


 和希は相変わらず2時限目の始まる頃にやって来て、机に突っ伏して寝ている。

 もともと異端児だったので、今さらもっと冷たくなった空気には気付かないらしい。


 ただ、遅刻してくる和希に注意するお節介もなくなった。


 完全に3人だけが孤立してしまった。



「和希、どうしよう。私達がステージ組になったのがみんな気に入らないみたいなんです」


 昼休みに隅っこで私と弁当を食べる佳澄が、隣で寝そべっている和希に耳打ちした。


「は?」

 和希はめんどくさそうに片肘をついてこちらを見た。


「あなたは遅刻して、ずっと寝てるから気付いてないかもしれないけど、ほら分からないですか? みんなの視線が昨日よりもずっと冷たくなってるでしょ? さっきも話しかけても無視されたんです」


 前からこのクラスにいる佳澄が、一番みんなの変化にショックを受けていた。


「ふん、バカバカしい。無視したいヤツはさせとけばいい」

「そ、そんな。グループなんだからチームワークも大切です」


「あのさ、これは子供のお遊戯会じゃないんだよ。ファンからお金をとる、れっきとした仕事なんだよ。チームワークを大切にして出しゃばらないように、目立たないように手抜きのダンスを踊って金をとるのか? それで仲良しこよしでみんなに埋もれるのか? 違うだろ? 全力で自分に出来る最高のパフォーマンスをするべきだろう? それで飛びぬけて何が悪い。悔しかったらそれ以上のパフォーマンスをしたらいいだろうが」


「ち、ちょっと、和希……」


 声が大きくてクラス中に聞こえている。

 全員が信じられないという目で和希を睨みつけていた。


 この人は、本当に不器用というか、正直というか……。

 確かにすべて正論だけど、そのまま聞かされたら反感を買うに決まっている。


 飛びぬけた才能がある者には、凡人の妬みや苦しみがきっと理解できない。

 そして才能ある者は、それでいいのかもしれない。

 凡人を理解して歩み寄ったりしたら、せっかくの天才も凡人になってしまう。


 特別な才能を持った者は、周りを振り払って突き進むしかないのだ。

 そして芸能界で成功するのは、孤独に耐えて突き進んだ者だけだ。


 きっと御子柴さんも、こんな孤独に耐えて今の場所に辿り着いたのだ。


 私のような凡人には周りを押しのけ突き進む自信などないが、他の凡人と違うとしたら、天才を前にすると、この才能を守りたいという気持ちが湧いてくる。


 それは志岐くんや御子柴さんに感じるのと同じ想い。

 私はきっと長年志岐くんを応援し続けたせいで、そういう体質になってしまっているのだ。


 目の前の圧倒的な才能を守るために私はいる。


 まるで生まれつきの使命のようにそう感じる。


 社長が何を企んで私を地下アイドル3組に出向させたのかは分からないが、運命が示すものは分かったような気がする。


 和希をスターにするために、私はここにいる。


 そう気付くと、私がすることは決まっている。


「和希、昼休みもいっつも寝そべってるけど、弁当は? 昼ごはんはどうしてるんですか?」


 私が尋ねると、和希は強がるようにフンと鼻をならした。


「昼休みだからって弁当食べなきゃダメってことないだろ? ダイエットだよ」


 この何日か、隣の席で見てきたから分かっている。

 きっとまともに食事をとれる環境にいない。


「私もちょっとダイエットしようかと思って。良かったら半分食べないですか?」

「え?」


 和希はごくりと唾を飲み込んで私の弁当を覗き込んだ。


「た、食べないってんなら仕方ないな。食べてやってもいいよ」


「うん。良かった」


 和希は差し出された私の弁当に食らいつくように食べ始めた。


「う、うまっ! これ真音が作ったのか? 料理巧いんだな」

「良かったら明日も作ってきましょうか? 料理は結構得意なんです」


「え? ま、まあどうしても作るって言うなら食べてもいいけど」

「うん。じゃあ作ってきます」


 ホッと安心する私に、佳澄だけがオロオロしている。


「もう。2人とも。呑気にお弁当の話なんてしてる場合じゃないですよ。私達3人はクラスからも『夢見30』からも浮きまくってるんですから」


「うん。とりあえず、3人は常に一緒にいるようにしましょう」


 孤立するのには慣れている。

 今を乗り越えたら、きっと和希の才能が打開策を見つけてくれるはずだ。


 御子柴さんと志岐くんの才能をそばで見てきた私には分かるような気がした。



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