第197話 一夜明けて

「え、うそ! あの3人ステージ組になったの?」

「だって初ステージだったんでしょ?」

「まだダンスだって『夢見エンジェル』しか踊れないじゃない」


「でも推しファンが何人もついたからだって」

「なんでも3人だけ違う衣装を着たから目立ったらしいわよ」

「え、ずるい! ひいきじゃない」


「そうそう。春本さんに取り入ってるって噂もあるわ」

「うそ! 枕営業してるってこと?」

「やだー! サイテー!」


 朝のお迎え登校で、すでにいろんな噂が出回ってるようだった。

 しかも枕営業って……。

 この男嫌いとバイ疑惑の私達に出来るはずがないじゃないか。


 いや、バイの私は出来るのか。

 いやいや、お呼びじゃないでしょうが。


 和希は今日も遅刻らしく、登校メンバーの中に姿は見えない。


 私と佳澄の2人で、みんなの冷たい視線を浴びながら登校した。

 ステージ組よりレッスン組の方が鬱屈うっくつするものが多いのか、態度が冷たい。


「ねえ、大体あの子なんなのよ! 芸能1組から編入してきたあの子」


 どうやら一番のターゲットは私らしい。


 ムカついたとしても、和希と佳澄の飛び抜けたルックスにはやはりみんな敗北を感じているのだ。いずれは人気が出るのも仕方がないと思っている。


 だが、私だけはみんな納得できないのだろう。


「そもそもなんで芸能1組にいたのよ。絶対おかしいじゃない」


 はい。私もそう思います。

 

 よく知らない1年生たちも、チラチラと私を見て、みんなの噂に納得している。


 目を合わさないように俯いていると、誰かがドンと背中を押した。


「あら、ごめん。ぶつかっちゃったわ」


「だ、大丈夫です」


 答える私の足を誰かがギュッと踏みつけた。


「いたっ!」

「ああ。ごめん、ごめん。急に立ち止まるからよ」


 いや絶対今の、念入りに踏んづけましたよね。


「大丈夫ですか?」


 佳澄が心配そうに小声で尋ねた。

 みんなはまだ物足りないように次の攻撃を考えている気配がする。


 しかしその時、2人で寄り添う私達に思いがけない救世主が現れた。


「みんなやめなさいよ! イジメなんてカッコ悪いですよぉ」


 誰だろうと声の主を見ると……。


「大丈夫ですかぁ? なべぴょん……じゃなくて、真音まおと。まさかあなたと一緒に地下ステージで踊る日が来るとは思わなかったですう」


「亜美ちゃん……」


 まさかの亜美ちゃんだった。

 5エンジェルの1人として、大勢のクラスメートに守られている。

 鞄は誰かが持ってるらしく、亜美ちゃんとサラさんだけ手ぶらだ。

 そういえば野球部にも似たようなしきたりがあった。


「芸能1組からいなくなってついに退学したのかと思ったらぁ、地下アイドル3組になってたなんてぇ。真音って本当に悪運が強いというかぁ、どういうカラクリがあるんですかぁ? しかももうステージ組になったんですってぇ?」


「い、いえ。まだダンスも歌も覚えてないので、ずっとじゃありません」


「それが不思議なんですぅ。ダンスも歌も覚えてない人がどうしてステージ組? やっぱり真音って社長の縁戚とか何かなんですかぁ?」


「い、いえ。何の縁もありません」


「亜美さん。彼女は本当に芸能1組にいたんですか?」

「なんの仕事をしてたの?」


 取り巻きの1年やクラスメートが亜美ちゃんに尋ねる。


「芸能1組には確かにいましたよぉ。ポップギャルの専属にもなったけどぉ、最初の撮影の1回しか見てないですぅ。あとは仮面ヒーローに出てるけどぉ。他の仕事は知らないですぅ」


「えっ! 仮面ヒーロー?」

「出てたっけ?」


 みんながざわついている。


「ほら志岐くんのゼグシオ様の部下のぉ、SM女王みたいな変なのがいるじゃないですかぁ」


 SM女王みたいな変なのって失礼です。

 トップに立っていい人になったのかと思ったが、やっぱり変わってない。


「ええーっ! あれって真音だったの?」

「ゼグロスって男の子がやってるんだと思ってた」

「地味顔の人って化粧すると別人になるものね」


 うう。みんな失礼すぎます。


「えっ? じゃあ志岐くんと一緒に仕事してるの?」

「うそっ! そんなこと言わなかったじゃない」


「す、すみません。言い出しにくくて……」


「志岐くんとはよく話してましたぁ。確かスポーツ9組の頃からの知り合いですぅ」


 ひいいい。

 亜美ちゃん。暴露するのはそこまでにして下さい。

 それでなくとも風当たりが強いのに。


「なに? 私達には言わないつもりだったの?」

「実は志岐くんと共演してるのにって、心の中でわらってたのね」


「ち、違います。そんなつもりじゃ……」


 みんなの敵意が体中に刺さります。


「みんな真音をそんなに責めないであげてくださいぃ。悪気はなかったんだと思いますぅ。私達『夢見30』はそんな心の狭いアイドルではないでしょ? 陰湿なイジメとかは無しにしましょうよぉ」


 亜美ちゃんは、5エンジェルの余裕なのか、みんなを牽制してくれた。


「さすが亜美さんだわ」

「そうね。私も亜美さんのように心の広いアイドルになります」

「やっぱり心が綺麗だから仕事もどんどん増えるんですね」


 みんなにおだてられて、亜美ちゃんはまんざらでもないように微笑んだ。


 やはりトップに立つようになると、それなりの自覚が芽生えるのだろう。

 私と佳澄はホッとして、カースト最下位の位置で登校した。


 そして校門前に差し掛かると……。


「わあああ!」という歓声が上がった。


 登校待ちのファンの人だかりがあった。


「あらぁ、今日はずいぶん待ちファンが多いですぅ」

 亜美ちゃんが首を傾げる。


「このところ亜美さんが他の仕事でステージに立てないからファンが集まってるんですよ」

「そうそう。昨日のステージも亜美たんを出せって大変だったんだから」


「えー、そうなんだぁ。みんな迷惑かけてごめんねぇ。亜美もステージに立ちたいんだけどぉ、CMとか新ドラマの打ち合わせとか忙しくてぇ」

「仕方がないですよ。売れっ子なんだから」


「じゃあ今日はファンサービスで一言ぐらい声をかけようかしらぁ」


 亜美ちゃんがファンたちのところに向かうと、周りの取り巻きが守るようについていった。私と佳澄もボディガード要員として付き従う。


 そして私たちが近付くと「わあああ!」「きゃあああ!」と悲鳴のような声が上がる。今日はオタク男性ファンばかりじゃなく女性ファンも何人かいた。


「みんな朝早くからありがとうですぅ。朝からみんなに会えて亜美、嬉しい……」


 しかし、亜美ちゃんが話しかけているというのに、みんなの視線は別の方に向いている。


「ほら、やっぱりいたじゃない」

「夢見学園の生徒だったんだ」

「制服姿も超かわいい!」


「え?」


 亜美ちゃんが唖然としてみんなの視線をたどる。


 そこには……。


「佳澄ちゃーん!!」

「次のステージまで待てなくて会いに来ちゃったよ」


「私達、佳澄推しになったからね」

「俺達は和希推しだけど、あー、くそ。和希ちゃんはいないのかよ」


「あの仮面の真音は? 素顔を見てないから誰だか分からないな。残念」


 佳澄と和希と仮面の私を目当てに集まったファンの群れがあった。


 そして呆然と立ちすくむ亜美ちゃんが呟いた。


「うそ。あの子たちってずっと私推しのファンだったのに……」


 どうやら最悪の事態が待ち受けてそうな予感がした。


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