第195話 波乱の握手会

 無事ステージが終わって大歓声の中、幕を閉じた。


 それで終わりならばこれは大成功の一日だったに違いない。


 しかし地下ステージには、お決まりのおまけのようなものがあった。


 グッズ即売会だ。


 アイドルのグッズを買った者は、握手が出来る。

 俗に言う握手会というヤツだった。


 新人トリオには、もちろん売るようなグッズなどない。

 しかしサイン色紙などという、二束三文にそくさんもんのグッズがあるのだ。


 色紙にド素人がサインを書いただけの物を千円で売っているのだ。

 霊感商法と大差ないボロ儲けグッズだが、買えばアイドルと握手が出来るので売れるのだ。


 初ステージのアイドルは、ご祝儀買いでまあまあ売れるらしい。

 日付の横に初ステージと書くことで、人気が出た時に価値を持つ場合もあるらしい。


 そしてこの日、私達3人の前には長蛇の列が出来た。


 和希と佳澄はもちろんだが、いまだに仮面をつけたままの私の前にも列が出来た。何を血迷ったのかと思ったが、顔が見えない分ミステリアスに受け取られたらしい。春本さんの策略通りだ。


「えー、真音ちゃんは握手会も仮面つけたまま?」

「実は一番美人なんじゃないの?」

「だってすごい小顔だし、スタイルもいいし」

「俺は期待を込めて真音ちゃん推しにするよ」


 とんでもない勘違いをしている人達がいた。

 もう何があっても仮面を外すわけにはいかない。


 私はこんな物を千円で売ってごめんなさいと心の中で謝りながら、さっき即席で作ったサインを書いて並んだ人達に握手をしていった。


 隣では和希が相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらで並んだファンを睨みつけている。そのままプロレスの技でも仕掛けるんじゃないかという形相だ。


 そして下手くそなサインをして、戦いを挑むように全力で握手に応じている。


「い、いててて。和希ちゃんって力強いね」

「握手会でも笑わないんだ。いいよ、そういう冷たい感じ結構好きなんだ」

「その上から目線な態度がそそるよ」


「どうも」


 全員にどうもの一言で済ませている。

 どこまでも和希らしい。


 そして佳澄は……。


 意外にも女性ファンが多い。


「ありがとうございます!」

 愛らしい笑顔で丁寧に応じている。


「わあ、近くで見ても可愛い」

「黒髪、綺麗ですね。憧れる」


「ありがとうございます。嬉しいです」


 佳澄はまともで良かったとホッと安心したのも束の間、突然「きゃあああ!!」という悲鳴が聞こえてみんなの視線が集まった。


 佳澄が怯えた顔でふるふると震えている。


「ど、どうしたの? 佳澄」

 私は驚いて佳澄に駆け寄った。


 まさか愛くるしい佳澄に良からぬことでもしたのかと、全員が目の前のファンの男性を非難の目で見た。


 気弱なオタクらしい男性は、慌てたように「ぼ、僕は何もしてない」と首を振っている。


「何もしてないって、こんなに怯えてるじゃない」

「正直に言いなさいよ! 佳澄に何したの?」


「な、何って……握手してもらおうと……手を出したら……」


「何か変なものでも渡そうとしたんじゃないの?」

「手を開いて見せて!」


 みんなでファンの男を問い詰める。


「な、なにも……ほら……汚れてたら悪いと思ってさっき除菌シートで拭いたんだ」

 男はずんぐりした手の平を開いてみせた。

 除菌シートまで持参で来るあたり、そう悪質な人には思えなかった。


 男に怪しい素振りもなかったので、みんなの視線はいまだに蒼白な顔で震えたままの佳澄に向かった。


「佳澄、なにをされたの? 言わなきゃ分からないわ」


 佳澄は駆けつけた静華さんを見て、わっと泣きついた。


「可哀想に。こんなに震えて。さあ、話してちょうだい」

 静華さんに抱き締められて、佳澄はしゃくりあげながら答えた。


「ご、ごめんなさい、静華お姉様。私……男の人に触られると蕁麻疹じんましんが出るんです」


「え?」


 その場にいた全員が凍りついた。


「そ、それじゃあ、この人は本当に握手しようとしただけってこと?」


「はい。急に手を出されて、もう少しで触れそうになって、それで……」


「触れそうにって……これは握手会なんだから当たり前じゃないの」


「無理です! 私、男の人ダメなんです!」


「な……」


 駆けつけた警備員も春本さんも唖然としている。

 もちろん静華さんも。


 みんなの言いたいことは分かっている。


『あんた男嫌いのくせに、なんでアイドルなんかやろうと思ったんだ~!!』


 私を始め、全員が心の中で叫んでいた。

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