第194話 期待の新人アイドル

 次々に楽曲が進み、私と佳澄はすっかり緊張していた。


「あれ? 和希はどこに行ったのかしら?」

 佳澄がキョロキョロと舞台そでを見渡した。


 ラストの全員で踊る曲が近づいているため、舞台そでは人でごった返している。


「あ、あそこにいます!」

 私は楽屋へ通じる階段そばのパイプ椅子に座る和希を見つけて指差した。


「和希、こんなところにいたの?」

「もうすぐ出番ですよ」


 近付いて告げると、和希は居眠りしていたのか目をこすりながら顔を上げた。

 初ステージ直前に居眠りが出来るなんてやっぱり大物だ。


「やっと出番か。待ち時間が長過ぎなんだよな」

 和希は両手を上に伸ばしてのびをした。


「大丈夫? 寝ぼけて間違わないで下さいよ」

「ほら、仮面をつけて下さい。最後に取りやすいようにつけないとダメよ」


 私と佳澄が甲斐甲斐しく和希の世話を焼く。


「分かってるよ。最後の決めポーズも考えてあるんだ」


 曲の最後はそれぞれが思い思いのポーズで決めていいことになっている。

 唯一自分らしさを前面に出せる瞬間だ。


 中央に全員集まる中で、佳澄と和希は両端に一歩出て仮面を外して客席に視線を向けることになっている。 


 私は一番後ろで仮面をつけたまま、両手を左右に伸ばしてポーズを決めるだけだ。

 服装以外、さほど目立つポジションではない。


 佳澄はさっきからずっと、仮面を外して前を向くポーズを繰り返し練習している。練習し過ぎて動きがおかしくなってしまっていた。


「和希は練習しなくていいの?」

 私の問いかけに、和希は仮面の奥の目を細めた。


「動きは体が覚えている。あとは客席に私の本気をぶつけるだけだ」


 言うことがいちいち大物っぽい。


 そしていよいよラストの曲になった。


 舞台そでの赤い制服が一気にステージに出ていく。


「わあああ!!」という歓声が上がっている。


 一呼吸置いてから、私達3人がステージに飛び出した。

 突然赤ドレスの中に現れた黒いタキシードに、客席がざわついている。


「え? 新人って男?」

「違うわ。タキシードがぶかぶかじゃない。なんか可愛い」

「長い黒髪の子、綺麗」

「ショートの2人も、なんかカッコいい」


「えー、仮面つけてるじゃん」

「顔が見たいのに。仮面はずせー!」


「新人ちゃんがんばれーっ!」

「最後まで待っててやったぞー!」


 ヤジのような応援のような掛け声は、ダンスが始まるとすぐに静まり返った。


 全員の視線が、一瞬にして和希に集まったのが分かった。


 5エンジェルも、人気の高いユニットも全員出ているのに、視線が全部和希に吸い込まれていく。


 和希は多少変則的な動きをしているものの、ちゃんとみんなと同じ動きをしている。それなのに、和希一人が光って見えるのだ。


 1度見たらもう目が離せない。

 男勝り、アウトロー、反抗心、孤独、怒り。

 和希のダンスの一つ一つに、秘めた思いが滲み出ている。


 練習の時も目立ってはいたけれど、本番ではより一層メッセージ性を感じる。

 和希の言っていた本気をぶつけるということなのかもしれない。


(この人は間違いなくスターになる人だ)


 志岐くんと御子柴さんに感じたスター性を、疑いなく感じる。


 それは客席の多くの人達も感じているに違いない。

 いつもの掛け声も忘れて、みんな和希に見入っていた。


 そしてラスト。

 みんながステージ中央に集まり、最後のポーズを決める。


 ダン! というドラムの音と共に、和希と佳澄が一歩外に出て仮面を外した。


「!!!」


 その客席の衝撃をステージ上の全員が肌で感じていた。


 せっかくダンスに魅了されても、仮面を外したらがっかりなんてこともある。

 みんなダンスが凄かっただけに、その期待外れを薄々警戒していた。


 それなのに……。


 期待以上のルックス。


 和希の攻撃的ともとれる強い目力と、対照的に童顔な容姿。

 そしてダンスは和希ほど目立たなかったけれど、長い黒髪の清楚に可愛い佳澄。


 嬉しい誤算に、客席からため息とも悲鳴ともつかないどよめきが上がった。


「わああああ!!!」


 今日一番の歓声だ。


 ピューッ!! ピューッ! と指笛が鳴り響く。


「すげえ! サイコー!」

「良かったぞー!」

「来てよかったー!」


 すべては和希と佳澄に向けられた称賛しょうさんだった。

 でも……。

 私の心も不思議に高揚していた。


 同じステージに立っているだけで、客席の熱気と称賛を自分のもののように感じる。


 ドラマや映画やモデル撮影もスタッフに囲まれてそれなりの達成感はあるが、ファンを目の前にしたステージは全然別物だった。


 ファンとの一体感のような不思議な感動で満たされていく。


(これが地下ステージ……)


 私も佳澄も、和希でさえ、その心地よさに酔いしれていた。


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