第193話 初ステージ
初めて地下ステージなるものを見たのだが、その熱気はすごい。
あまり知名度がないと言っていたが、それでも開始直前には客席がほぼ満員だった。
「すごい……」
「満員ですね。ほとんどが
私と佳澄は、舞台そでからこっそり客席を覗いて息をのんだ。
もっと男ばかりかと思ったが、夢見
男女比は7:3ぐらいだ。
おたく臭全開の人もいれば、普通にカッコいい若者もいる。
若い女の子もいれば、老人と言っていいほどの人もいた。
それぞれに推しメンがいるのか、グループがいくつか出来ていて服装を合わせている人たちも多い。小道具を手に開演前から熱心に打ち合わせをしている人もいる。
これは御子柴さんや志岐くんのファンとは、質が違うのだと実感した。
御子柴さんや志岐くんには、気軽に近付いたり声をかけてはいけないようなバリアがあるが、地下アイドルにはもっとクラスメートを応援するような近さがある。
自分達がアイドルを支えているのだという責任みたいなものさえ感じる。
アイドルの立つステージと鏡合わせのように客席にもファンのステージがあるのだ。推しメンを誰より引き立たせようというファンの戦いのステージが。
「亜美さんのファンもいますね。今日欠席だってまだ知らないのかしら」
その佳澄の疑問には後ろにいたサラさんが答えた。
「先のステージまで予約してるファンもいるからね。大きなファングループだと早めに取らないと人数分の確保が難しいのよ。亜美のファングループは特に人数多いから」
「亜美が欠席と知って荒れなきゃいいけど。一応出演メンバーは入れ替わるって注意書きはしてるんだけど」
リナさんが渋い顔で呟いた。
「最近はエイコファンも荒れてるからね。週刊誌のスクープで卒業公演もソロ曲もなくなったものね。それにしてもどうして今頃スクープが出ちゃったのかしら」
サラさんの言葉に、私はギクリと肩を震わせた。
「あ、あの……今日はエイコさんは……」
恐る恐る尋ねた。
「もちろん謹慎中で欠席よ。たぶん最後の日に一度だけステージに立たせてもらって終わりよ。エイコもバカよね。恋愛禁止だって言ってるのにホテルの前で写真撮られるなんて」
会ったところで謝るわけにも、真実を告げるわけにもいかないが、心の中で手を合わせた。
「エイコが出てないって分かってても、チケットを買っちゃってるから荒らしに来るのよ」
「関係ないメンバーがやつ当たりされる可能性もあるから気をつけてね」
「は、はい……」
私と佳澄は、不安な思いのまま頷いた。
そしていよいよ『夢見30』のステージが始まった。
最初の曲は
しかし今日は3人だ。
「わあああ!!!」という歓声で始まったが、亜美ちゃんの姿が見えないと気付いた途端にヤジに変わった。
「亜美たんは?」
「えっ! うそだろ? 今日休みかよ」
「わざわざ飛行機乗ってきたんだぞ!」
「チケット代返せ!!」
ヤジが飛ぶ中で静華さんとリナさんとサラさんの3人が笑顔で踊る。
バックダンサーに同じクラスのトップ3のサクラ、スミレ、ランがピンクのドレスで踊っている。バックの3人はまだそういう事に慣れていないのか笑顔が引きつっていた。
「おい! エイコを出せよ!」
「俺達ファンを裏切って男とホテルなんか行きやがって」
「土下座して謝れ!」
今度はエイコさんのファンが便乗してヤジを飛ばしている。
そんな中で静華さんとリナさんとサラさんのファンが声を張り上げて応援している。
「し・ず・か! し・ず・か! し・ず・か~!!」
「リナたんがんばれー! 俺達がついてるぞ」
「サラちゃんかわいい~!!」
ファン同士の戦場だった。
お互い
ようやく最初の曲を歌い終わって、静華さんがマイクを持った。
「みなさ~ん!! 今日も来てくれてありがとう! また会えて嬉しいよ~!」
わあああ! という歓声と共に「しずか――っ!!」という掛け声が入る。
しかしすぐに亜美ちゃんファンがヤジを飛ばす。
「亜美たん出せよ!」
「亜美たんを見にきたんだぞ! 他のブスを見にきたんじゃねえんだ!」
「亜美たんを連れてこい! 客の半分以上が亜美たんファンなのに欠席って詐欺じゃねえかよ!」
さすがの静華さんも黙り込んだ。
「ああ、静華お姉様がかわいそう。お姉様は何も悪くないのに」
舞台そでで見守りながら、佳澄が目を潤ませている。
「亜美が欠席すると客席が荒れるから嫌なのよね。最近他の仕事が入って休むことが多くなって迷惑してるのよ」
次の出番待ちの別ユニットのアイドルがぼやいた。
「亜美ちゃんのファンってそんなに多いんですか?」
「うん。一番過激なのは今ヤジを飛ばしてるグループだけど、他にもよく見ると亜美のTシャツ着てる人がチラホラいるでしょ? グループとしてファンだけど、イチ推しは亜美って人は結構いるわね。でもそういう人は亜美が休みだからって暴言を吐いたりしないけど」
ただのぶりっ子だと思っていたが、ここのヒエラルキーでは断トツのトップなのだ。亜美ちゃんを見る目が変わってきた。
どんな場所でもトップに立つというのが容易なことではないのは、この芸能界で御子柴さんを間近に見ている私は充分すぎるほどに知っている。
「アイドルによってファンの質も結構違うのよね」
「静華さんのファンなんかは女性とか良識のある年配の男性が多いけど、亜美とかエイコのファンって人数が多い分、いろんな人がいるよね」
「そうそう。その中に
「今日のは特に最悪だわ。静華さん収められるかしら」
まだヤジを飛ばし続けるファンに、静華さんはマイクを持って黙ったままだ。
この荒れた場を収拾するのもアイドルの仕事なのだ。
ひと昔前のように周りの大人たちが全員で守ってくれるような生易しい立場ではない。
やがてヤジを飛ばしつくして客席が静かになると、静華さんはマイクを持ち直して、客席全体を見回すように顔を左右に動かした。
そして「ごめんなさいっっ!!」と叫んで、頭を膝につくぐらいに下げた。
「亜美もエイコも休みでごめんなさいっっ!」
ざわざわと客席が意表をつかれたようにざわついている。
ヤジを飛ばしていたファンたちも、正面きって謝られて戸惑っている。
「でも休みの2人の分も私達でいつも以上に盛り上げていこうと思うので許して下さい! 来て良かったと思えるステージにしますので、最後まで私達のステージを見ていって下さい。どうか、お願いします!」
静華さんは、そう叫んで再び頭を下げた。
これはもう、一つの組織だ。
グループ内のすべてを背負って静華さんはステージに立っている。
この『夢見30』を大切に守りたいという気迫のようなものを感じる。
その覚悟を感じると、もう誰もヤジを飛ばす気にならなかった。
「さすが静華お姉様……」
佳澄が両手を組んで、祈るように静華さんを崇拝していた。
だがその気持ちも分からなくはない。
ステージそでのアイドル達も、尊敬のまなざしで静華さんを見つめていた。
静華さんなくして、このグループは成り立たないのだ。
しかし、そこまでで終わってくれれば良かった。
最後に静華さんは、とんでもないことを言って締めくくった。
「今日のラスト曲『夢見エンジェル』は期待の新人たちの初ステージです。この3人の初ステージを見たというだけでも、きっと今日来たことをラッキーだったと思える日が来るわ。ラストまでどうか楽しみにしていて下さい」
ひいいいい。
なんというハードルの上げ方を……。
まるで未来の大スターの初ステージのような口ぶりじゃないですか。
忘れたのですか、静華さん。
私たちは夢見落ちこぼれトリオですよ。
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