第191話 初めての地下ステージ

「ちょっと、なんなのこの傷だらけの子は!」

「こんな痛々しい姿でステージに上がれると思ったの?」


 初めて地下ステージ組のバスにのって、都内の地下スタジオに入った途端、怒られた。


 私の仮面ヒーローで作った擦り傷は2日が過ぎて、色よい感じでかさぶたになっていた。怪我した初日より濃い色合いが痛々しい。


 しかし今日のステージに上がることが決まっていたので、とりあえず来てみたのだ。だが案の定すぐに目をつけられた。


「すみません、リナさん。でも真音にもつらい事情があるんです」

 一緒にいた佳澄が、大きな瞳を潤ませて私の代わりに弁解してくれた。


「つらい事情?」

 リナさんが聞き返した。


 確かファイブエンジェルの一人だったはずだ。

 さすが5エンジェルに上り詰めただけあって綺麗な人だった。


「人に言えない事情を抱えてるんです。許してあげて下さい」

 佳澄はまるで自分のことのように涙ながらに訴えている。

 

 昨日、怪我の理由を聞かれて「聞かないで下さい」と答えたせいで、クラス内ではあらぬ噂がたっていた。私は親に虐待されていて、それから避難するために寮に住んでるのだとか。


 一昨日は学校を休んで久しぶりに実家に帰って、暴力を受けたのだと。


 どう説明していいか分からないままに、どんどん話が大きくなっている。


「真音、気にするな」

 和希が慰めるように私の頭を抱き寄せた。


「和希……」


 多くを語らない和希だが、私の事情に共感したらしい。

 そういえば和希も暴力から逃げてきて春本さんに拾われたんだった。


 勘違いなのに申し訳ないと思いつつも、和希に抱き寄せられて、またしてもトキめいてしまった。


 今日ステージに参加させてもらうレッスン組は、私達3人だった。

 すでに2年の落ちこぼれ3人組と言われている。

 

 私と和希のダンスの問題点はよく分かっていたが、佳澄もダンスが下手だった。

 誰よりも一生懸命なのだが、ちょっとドンくさくてワンテンポ遅い。

 それがとても愛らしいのだが、バックダンサーとしては致命的だ。


 だから中々ステージに立たせてもらえなかった。

 和希と同じくリハーサルでいつも春本さんに追い出されているそうだ。


 この問題児3人組が同時にステージに上がることになったのだ。


「ま、まあ、いいわ。とにかく静華さんに挨拶に行ってちょうだい」


 全体の世話役らしいリナさんは、私達に命じてソロ曲のリハーサルに戻っていった。


 小さな地下スタジオの楽屋は、裏階段を下りた階下にあってアイドルでごった返していた。

 各々がメイクをして衣装を自分で着ている。


「ちょっとそれ私の衣装よ。あんたのはこっちでしょ」

「わあ、そのリップグロスいいわね。どこのブランド?」

「このヘアアイロン使いにくい。誰か貸して」


 入り口がオープンな大部屋はすごい喧騒だ。メイクさんも一応いるが、全員に手がまわるわけもなく、下っ端メンバーは自分のことは自分でするらしい。


 大部屋が一つと、5エンジェルの4人用の部屋と、静華さんの部屋に分かれている。あとはスタッフルームと倉庫があった。


 佳澄と和希は楽屋挨拶までは経験済みなので、私を案内しながら説明してくれた。


 そして一番奥の部屋に辿り着くと、佳澄が深呼吸してドアをコンコンとノックした。


「失礼します。今日ステージに上がる夢見学園2年生3名です」


「……」


 一瞬の沈黙にも緊張する。

 いよいよ5エンジェルのラスボス静華さんに対面するのだ。

 この10日ほどで噂は聞いていた。


 総合プロデューサーの春本さんと共に、この地下アイドルグループ『夢見30サーティ』をゼロから作ってきた伝説の第1号メンバーだ。


 今も春本さんと共に、楽曲からダンスの振り付け、チーム編成までプロデュースする影の実力者だった。


 隣に立つ佳澄の手が震えているのが分かる。

 佳澄は静華さんの話が出るたびに、尋常でなく緊張する。

 やはりレディースの総長なみに恐ろしい人らしい。


 イメージとしては金髪に紫のドレスを着て、足を組むレディースねえさんだ。


「どうぞ、入って」

 しかし中から聞こえた声は、落ち着いた優しげな声だった。


 そしてドアを開け、中に入ると……。


 奥のソファに良家のお嬢様風の女性が座っていた。


 レディースなどとは無縁の大学のミスコンで優勝してそうな、セミロングの髪に上品な化粧の賢そうな女性だった。

 美人アイドルというより、出来る秘書という雰囲気だった。


 その向かいの手前のソファには三十代ぐらいのサラリーマン風の男の人が座っていた。てっきり静華さんのマネージャーかと思うと……。


春本はるもとさん! おはようございます!」

 佳澄と和希が静華さんより先に挨拶をした。


「春本さん……」

 この人が……。


 総合プロデューサーと聞いていたから、どんな切れ者かと思っていたが、黒縁メガネにおかっぱ頭の冴えないおじさんサラリーマンという雰囲気の人だ。


「やあ、噂の3人が来たね」

 春本さんは振り向いて、穏やかな声で応じた。


「噂の3人?」

 首を傾げる私達に、静華さんがくすりと笑った。


「夢見2年の落ちこぼれトリオって聞いてるわよ」


「あ、お、おはようございます! 静華さん!」

 私達は、静華さんへの挨拶がまだだったと、あわてて頭を下げた。


「ふふ、おはよう。今日は面白いからその問題児トリオを呼んでみようって話になったの」


「佳澄さんと和希さんは以前より上達しましたか? 『夢見エンジェル』だけはきちんと踊れないとステージに上げるわけにはいかないですよ」


 春本さんはレッスン生でもちゃんと名前を覚えていて、さん付けで呼んでくれるらしい。言葉も丁寧で、横柄な人ではないようだ。


「今回は大丈夫です」

「が、頑張りました!」


 和希と佳澄は緊張しながら答えた。


 そして春本さんと静華さんの視線は、私に向けられた。


「君が……芸能1組から出向してきた……真音まおとさんだっけ?」

 春本さんは、どこまでか知らないが社長から事情を聞いてるようだった。


「あら、その傷はどうしたの? ほっぺたにかさぶたが出来てるじゃない」

 静華さんはすぐに私の傷に気付いた。


「す、すみません。おととい擦り傷を作ってしまって……太ももと二の腕もかさぶたになってるんです。今日は見学だけにして頂けたらと思います」


 私はペコリと頭を下げた。

 せっかく呼んでもらって申し訳ないが、ステージに上がれなくて少しホッとしていた。


「そうなの? 残念ね。痛みがあるの?」

「いえ、痛みはそれほどでは。ただ見た目が痛々しいので」


「太ももと二の腕は隠せるような衣装だったら大丈夫だけど、ほっぺはねえ……」

 春本さんが渋い顔で私の頬の傷を見つめた。


「そうだわ! いい方法があるわ」

 静華さんが何かを思いついたように手を打った。


「いい方法?」


「怪人の衣装があったでしょう?」


「か、かいじん!?」



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