第190話 御子柴さんとの密会
「
なぜだか志岐くんの部屋に御子柴さんがいた。
足の踏み場もないほど散らかった部屋で、御子柴さんが我が物顔でベッドに座っている。
「久しぶり、まねちゃん。やっと会えた」
爽やかに微笑む姿に、思わず抱きつきたくなった。
そしてそれを察したように御子柴さんが両腕を広げる。
「来ないの? ここなら志岐しかいないから抱きついてくれてもしっかり受け止められるのに」
「い、いえ。謹慎中の身ですし……」
私の脳内ドーパミンもさすがに踏みとどまった。
「社長め、とんでもない処分を言い渡してくれたよ。まさか地下アイドル3組に出向させるとは思わなかった。酷い目にあってない? その頬のガーゼはもしかしてイジメで?」
御子柴さんは心配顔で尋ねた。
「こ、これは今日の撮影ですりむいて。酷い目にはあってないです。ただ歌もダンスも全然ついていけてないですけど」
「まねちゃんが歌とダンス? 見てみたいなあ。今度こっそり地下ステージに見に行こうか、志岐」
御子柴さんは冗談ともとれない口調で、本気で考え込んでいる。
「や、やめて下さい。それより、どうして志岐くんの部屋にいるんですか?」
「どうしてって、わかんないの? もちろんまねちゃんに会うためだよ」
「え? じゃあ、志岐くんが内緒で見せたいものって……」
私は隣に立つ志岐くんを見上げた。
「うん。御子柴さんに今日まねちゃんと仕事で会うって言ったら、帰りに連れて来いって言われて。紛らわしい言い方してごめん。誰にも知られるなって言われたから」
当然のことだが、コースターハゲを見せるためではなかった。
それは良かったが……。
「社長に、しばらく御子柴さんと会うのは禁止だって言われましたけど……」
「ああ、俺も社長に言われたけど守るわけないよね。でもまあ、あまりに明からさまに会うのはダメかと思って、志岐の部屋で密会することにしたんだ」
「み、密会って……」
どうやら幼児御子柴さんが発動しているらしい。
「それにしても志岐、もう少し部屋を片付けられないのか? お前がゴミ屋敷を作るタイプの男だとは思わなかったぞ。芸能1組は週に1回掃除ヘルパーも頼めるだろ?」
「す、すみません。まだ芸歴1年にも満たない俺が頼むのは図々しいかと思って」
「あほう。お前ほど売れてるヤツに誰が文句言うんだよ。今週から来てもらえ」
「そうですよ。野球部時代の上下関係は芸能界では気にしなくていいですよ。地下アイドル3組だって、芸歴よりも実力がすべてですから」
言いながら私はポケットのハンカチをパンッと広げて三角に折り、マスク代わりに鼻と口を覆って後頭部で結んだ。
「志岐くん、大きいビニール袋はありますか?」
「え? ビニール袋? これでいい?」
志岐くんはキッチン下の棚からビニール袋を取り出した。
私はビニール袋を受け取ると、腕まくりをしてゴミを片付け始めた。
「あ、あの、まねちゃん。俺がやるからいいよ。そこに座ってて」
「座るってどこに?」
部屋の中は衣類と雑誌とゴミで足の踏み場もない。
唯一綺麗なのは御子柴さんの座るベッドの上だけだ。
「確かここに座布団が……」
志岐くんがゴミの下から掘りおこした。
「……」
呆れて目を細める私に、珍しく志岐くんが恐縮している。
思わぬ弱点を発見した。
なんでも完璧に出来て、几帳面な人だと思っていたが、身の回りには無頓着らしい。長年野球部の野郎世界に染まっていたので、多少の乱雑さは気にしないタチのようだ。
こういうことは本来マネージャーが気付いて対処すべきだが、志岐くんはいまだに小西いいかげんマネが担当していた。
「いいから御子柴さんと一緒に掃除が終わるまでベッドの上に座ってて下さい」
「……ごめん」
志岐くんは謝って、素直にベッドに腰掛けた。
なんだか素直な志岐くんが可愛い。
「おい、なんだよ、この図は。なんで志岐とベッドに並んで恋人座りしてるんだよ。まねちゃんと会える貴重な時間だってのに」
御子柴さんが不満気にあぐらをかいている。
「す、すみません、御子柴さん」
御子柴さんに怒られてる志岐くんを横目に見ながら、私は大急ぎでゴミを袋に集め、雑誌を束にして結び、衣類をたたんで棚に入れ、掃除機をかけた。
流しはほとんど使ってないが、弁当のゴミとペットボトルが散乱していた。
食生活も相当乱れているようだ。
ホントに食べて寝てシャワーを浴びるだけで手一杯の日常が垣間見える。
大きな仕事だけが目についているが、小さな仕事も相当数こなしているらしい。
私がマネージャーだったら……。
そう思わずにいられなかった。
志岐くんはいつも要求されることにきちんと応えて、完璧な人だからと……。
きっと社長も小西マネも私ですら思い込んでいた。
誰の手助けもなくとも1人で全部出来る人だと……。
でもそんな人がいるわけがなかった。
志岐くんは野球部時代からみんなの期待を一身に背負って弱音を吐けない環境にいた。マウンドのピッチャーが弱気になれば、全体の士気が下がる。
あの頃の感覚のままに、この芸能界でもすべての要求に応えようとしているのだ。
でも芸能界は野球のように大会ごとの区切りがあるわけではない。
一つの仕事と同時進行で別の仕事があり、売れていく限りエンドレスに続いていくのだ。このままでは、きっといつか限界がくる。
もし私に、こんな志岐くんを助けられることがあるなら、何を置いても助けたい。部屋を片付けながら、そんな思いが沸々とわいてくる。
「大まかに見えるところは片付けましたけど、後はヘルパーさんに入ってもらって下さいね」
ようやく掃除を終えて、座布団に座るとベッドの2人を見上げた。
御子柴さんが寝転がって片肘に頭をのせた体勢で、ベッドのへりに座って耳を傾ける志岐くんに何事かをこそこそと話している。
いたずらっぽく笑う御子柴さんと、うなずきながら答える志岐くん。
これは世の女性たちが見たら卒倒するレベルの麗しい画だった。
地下アイドル3組のクラスメートに言ったら鼻血ものだ。
「今さ、2人で変装して地下アイドルステージを見に行く計画を立ててたんだ。まねちゃんがステージ立つのっていつ? それに合わせていくからさ」
御子柴さんは掃除を終えた私にとんでもないことを言い出した。
「や、やめて下さい! 2人が来たりしたらパニックになります」
「大丈夫だよ。絶対分からないように変装するからさ」
「無理です。イケメンオーラが洩れ出てしまいますから」
「だってまねちゃんがフリフリドレスで踊る姿って今しか見れないかもしれないだろ?」
当然だが、地下アイドルとして大成するとは思われていない。
「露出のあるところに怪我をしたので、たぶん当分ステージに上がることはないです」
「そうなんだ。残念。じゃあ出る時は教えてよ」
「絶対教えません!」
結局、この日は志岐くんの部屋を掃除して、他愛もない話をして帰った。
でもまたスケジュールの合う日には、志岐くんの部屋で3人で会おうという話になった。
社長にバレたら今度こそ退学なんじゃないかと思ったが、志岐くんの部屋がゴミ屋敷になってないか気になるので、強く断ることは出来なかった。
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