第189話 志岐くんの見せたいもの

「さあ、入って。まねちゃん」


 志岐くんに招かれて入った部屋は、私の部屋の間取りとほぼ同じ。

 綺麗に整頓され、ベッドと勉強机だけが整然と置かれている。


 私はドキドキしながら「お邪魔します」と靴を脱いで上がった。


「……」


 志岐くんは黙ったまま、ベッドに向かう。

 そしてゆっくりとベッドに腰を下ろした。


「あの……志岐くん。内緒で見せたいものって……」

「まず座ってくれ」


 志岐くんは自分の横に座るようにベッドをポンポンと叩いた。


 べ、べ、ベッドに並んで座るのですか?

 それはまるで恋人同士のような……。


 き、き、急にどうしたんですか、志岐くん。

 大胆になってないですか?


 やっぱりさっき救護テントで志岐くんは私に……。

 キ、キ、キ、キ、キスをしようと……?


 いやいや、ないない。

 妄想もいいかげんにしないと、脳内袋叩きに遭います。


「早く座って」

 少し強く言われて、私は仕方なく志岐くんの隣にお尻の皮一枚で腰掛けた。


 すぐ横に感じる志岐くんの気配に、心臓がバックンバックンいっている。


「あのさ、前から言おうと思ってたんだけど……」

「は、はい……」


 まさか、愛の告白? 志岐くんが?




「いいかげんにして欲しいんだ」


「え?」


 私は驚いて隣の志岐くんを見上げた。


「いっつもいっつも、怪我したり気を失ったり。まねちゃんが無茶するたびに巻き込まれて、自分の芸能活動だけでも忙しいのに、面倒見きれないんだ」


「そ、それは……す、すみません……」


 たぶんそんな風に思われてるだろうとは思ったが、面と向かって言われるとは思わなかった。


 ちょっと……いや、かなりショックだ。


「ピッチャーのストレスから解放されて、これから穏やかな人生を過ごせると思ってたのに、まねちゃんのせいで前よりもストレスだらけなんだ」


「ご、ごめんなさい。でも、志岐くんは私のことなんて放っておいてくれたら……」

「そうもいかないだろ? 迷惑でも放っておけないタチなんだ」


「迷惑でも……」

 

 これが志岐くんの本音?

 ショックだった。


「まねちゃんに内緒で見せたいものっていうのはこれだよ」

「え?」


 志岐くんは私を見下ろし、おもむろに左側の髪をかきあげた。


「!!」


 そこにあったのは……。




 コースターサイズに広がった500円ハゲ……。


「な! まさか……」


「まねちゃんが心配ばかりかけるから、こんなことになったんだ。どうしてくれるんだよ!」


 そ、そんな……。


 私のせいでまさか……。


「まねちゃん……」


 そんなの嫌だ。


「嫌だああああ!!!」



「まねちゃん……大丈夫?」

「うわああんん。ごめんなさい、志岐くん。私のせいで……」


「まねちゃん、何言ってんの? 目を覚まして。寮に着いたよ」

「え?」


 ハッと目覚めると、目の前に心配そうな志岐くんの顔があった。

 そしてここは……。


「車の中……?」


 どうやら仕事帰りの送迎車で、私は居眠りをしてたらしい。

 救護テントでの志岐くんがあまりに刺激的すぎて、変な夢を見てしまったらしい。


「志岐くんのコースターハゲが……」

「コースターハゲ?」


 首を傾げる志岐くんの柔らかな茶髪は、どう目をこらして見ても、その影にコースター大のハゲが隠れているようには見えなかった。


「よ、良かった。夢だったんだ……」


 夢というのは直近での心配事が全部混ぜこぜになって出るものらしい。

 それにしてもとんでもない夢だった。


「じゃあ、悪いけど俺の部屋に寄っていってくれる?」


 内緒で見せたいもののくだりも夢かと思ったが、それはどうやら現実らしい。


(ま、まさか、正夢?)


 私はドキドキしながら志岐くんと一緒にエレベーターに乗り込み、男子芸能階で降りた。以前は夕日出さんの朝ごはんを届けによく通っていたが、卒業してからは来てなかった。


 志岐くんの部屋はエレベーターの一番手前だった。


「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」


 志岐くんは遠慮がちにドアを開けて私を招き入れた。


 散らかってるなんて言って、志岐くんのことだから綺麗に整頓してあるはずだ。

 夢で先に見ているんだから、と入ってみると……。


「ホントに散らかってる……」

 玄関からすでにゴミやら雑誌やらが散らばっていた。


「ごめん……」

 私の呟きに、志岐くんが恥ずかしそうに頭をかいて謝った。


「あまりに忙しくてゴミを捨てるタイミングも合わなくて……。休みの日にやろうと思ってたらこんな状態になったんだ」


 人は見かけによらないというか、夢ほどあてにならないものはないというか。

 夢とは全然違う部屋だった。


 しかも……。


 ベッドの上に誰かいる。

 寝転んで雑誌を見ていたらしく、私達に気付いて起き上がった。


 それは……。


「御子柴さん!!」


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