第188話 志岐くんの思いがけないアプローチ

「いやあ、良かったよ! 二人とも」

「ここまで命知らずに火薬に近付く子は初めてだよ。すごい臨場感だ」

「最後の駆け寄って抱き締めるシーンも子供番組にしておくのは勿体無いほど感動的だった」


 スタッフが集まって口々に褒め称えた。


「あの、ゼグロスが怪我してるみたいなんで手当てしてもらっていいですか?」


 志岐くんは私を抱き起こしたままの姿勢で、スタッフたちに頼んだ。


「あ、ああ。ホントだ。血が出てるね」


 足も腕も衣装の露出が強いせいで、擦り傷だらけになっている。


「まねちゃん、歩ける? 救護テントまでこのまま運ぼうか?」

 志岐くんに尋ねられ、私はブルブルと首を振った。


 毎度、怪我をしたり気を失う私をお姫様抱っこで運ぶのが、腕力のある志岐くんの役割みたいになってしまっている。優しい志岐くんは嫌な顔一つせずに自分からその役を買って出てくれるが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


「だ、大丈夫です。かすり傷ばかりですから」

 私は志岐くんに支えられながら立ち上がった。


 よく見ると爆風で衣装が破れたところもある。


 ショートボブのカツラも少しチリチリになってるところがあって、危うく往年のコントのごとく黒こげアフロになるところだった。


「志岐くん、別のシーンを撮るからこっちにお願いします」


 スタッフに呼ばれ、志岐くんは心配そうに私を見ながら仕方なく撮影に戻っていった。


 そして私は救護テントで一通りの手当てを受けて休むことになった。

 私のシーンは幸いなことにさっきので終わりだった。

 黒口紅の悪役メイクも落として、ほっと一息つく。


 太ももやら二の腕やら頬やら、普通ではありえない場所が擦り傷になっていた。

 消毒して包帯を巻かれ、頬にはガーゼを貼られ、今度は怪我人コントみたいになっている。


「イザベルのモデル仕事はしばらくないから良かったけど、あさってには地下ステージに立つ予定だったのに、これは無理かもね」


 誰もいなくなった救護テントで休みながら1人つぶやいた。


 まあでもそれで良かったかもしれない。

 どう考えても自分が地下アイドルとなってステージに立つ図が思い浮かばない。

 なぜ急に私を地下アイドル3組に出向させたのか、社長の考えが分からなかった。


 御子柴さんと引き離したかったのかもしれないが、それにしても私が地下アイドルなんて無理がある。何があっても芸能界にしがみつけと言っていたが、まさか亜美ちゃんのごとく地下アイドルで人気を勝ち取って5エンジェルに入れと言うつもりだろうか。


 そして自分の力で芸能1組に復帰しろと?


「いや、無理無理」


 まだ実際の5エンジェルは亜美ちゃん以外見てないが、クラスメートの顔ぶれを見ただけでも大きく引き離されている。


 特に和希と、それから教育係の佳澄は、別格に可愛いと思う。


 その2人ですら底辺をさまよってるぐらいだから、私など一生底辺から上がるのは無理だろう。


 このままでは御子柴さんのマネージャーに復帰できる可能性はゼロに近い。


「御子柴さんどうしてるかなあ……」


 思わずもれた言葉と同時に人の気配がして、はっとテントの入り口に振り向いた。


 志岐くんだった。


「志岐くん。撮影は終わったんですか?」


「うん。今は大井里くんの別撮りをやってる」


 長い黒髪を揺らして王子の威厳のままに志岐くんが入ってきた。


「あ、怪我したの? 手当てしましょうか?」


「いや、ちょっとまねちゃんの様子を見に来ただけだから」


 言いながら、パイプ椅子に座る私の前に片膝をついてしゃがんだ。


 いや、志岐くん、それは反則です。

 異世界王子のマントを背に流して、片膝をついて私を見上げるなんて……。

 それはフラッシュモブでプロポーズする時の演出じゃないですか。


「あの……」


 動揺する私を志岐くんは真っ直ぐ見つめた。


 まさかと思うが指輪の小箱を差し出し「僕と結婚して下さい」?

 そう妄想してもおかしくないほど場面が整っている。


 しかし、その口から出たのは全然違う言葉だった。


「御子柴さんに会いたい?」


「え?」


「ごめん。さっき入る時に聞こえた」


 そう言って気まずそうに目をそらした。


「あ、それは、ずっと会ってないからどうしてるのか気になって」


「……」


 志岐くんは黙り込んだ。


 ピリピリとした緊張がテントの中に充満する。

 いつも思うのだが、志岐くんの作り出す沈黙の圧力はすごい。


 きっとピッチャー時代につちかったバッターを威嚇する間合いのようなものなのだろうが、演技をする時も、日常の中でも、あらがえない支配者のような空気を作り出す。


「あの……」

「俺は自分で思うよりも心の狭い男だったみたいだ」


「え?」


 いきなり何の話をしているのか分からなかった。


「一番大事なものは、誰にも見せず、誰にも触れさせず、傷一つつけずに自分のふところ深くにしまい込めたならと苦しいほどに願ってしまう」


「な、なんの話を……」


「そんなことは無理に決まってるのに……気付けば願っている」


 志岐くんの右手がそっと伸びて、私の頬のガーゼに触れた。


「え?」


 そのまま志岐くんの顔が近付いてくる。

 まさか……と思うのに身動き一つできない。


 魔法をかけられたように、体の機能が全停止して近付く志岐くんを見つめることしか出来なかった。


 やがて鼻先が触れ合うほどに近付いて……。


 私の心臓だけが静寂の中でバクバクと音を立てている。


 そして……。



 ふいっと鼻先をすり抜け、志岐くんは立ち上がった。

 そしてそのまま私から一歩離れた。


 その手がぎゅっと拳を作って握られているのだけが、鮮明に目にうつる。


「ごめん……」


 え? なにが? なんのこと?


 今なにをしようとしたの?


 これは私の妄想?

 

 志岐くんに聞きたいことは溢れているのに、言葉が出てこない。

 パニック状態の私に、追い討ちをかけるように志岐くんは信じられないことを言った。


「今日……寮に帰ったら、一緒に俺の部屋に来て欲しい」

「え?」


「内緒で見せたいものがある」

「え?」


 ええええ――――っっ!!!


 ま、まさかこれは……。



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