第187話 ゼグシオの抱擁

「仮面ヒーローPW! 今日こそお前をやっつけて我々がこの星をもらう。覚悟するがいい」


 ゼグシオはゼグシーマッチョ団を引き連れ、高飛車に言い切った。


「そんなことさせない! 地球は俺が守る! 薫子かおるこのためにも」

 PWは超合金の被り物に変身して、大げさな手振りで言い返す。


「薫子は私のものだ。お前を倒したら、私のきさきにする」

「お前なんかに薫子は渡さない!」


 薫子姫の取り合いに納得できず、ゼグロスはふて腐れて1人離れた場所で高みの見物をしている設定だ。


 そしていよいよバトルが始まった。


 まずはゼグシオの合図でゼグシーマッチョ団が一斉にPWに襲いかかる。


 ここは仮面ヒーローPWの見せ場だ。

 自分の体の倍ほどもあるマッチョ軍団を、スーツアクターが掴んでは投げ、かわしては蹴り飛ばし、次々と倒していく。

 大井里くんは、変身前の姿でセットの外で見守りながら、セリフだけを当て込んでいる。


 そしてマッチョ軍団をすべて倒したPWは、いよいよゼグシオと対峙する。


 武器も持っているが、まずは素手で取っ組み合う。

 志岐くんの黒髪をなびかせての殺陣たてが視聴者から好評らしく、このシーンを一回は入れ込まないと苦情までくるらしい。


 ここは志岐くんの見せ場なので、ゼグシオ優勢で殺陣のシーンが続く。

 マントをひるがえしながら、志岐くんが芸術ともいえる動きでPWを追い詰める。


 すっかり追い詰められたPWは、ここでようやく武器を手に取る。

 PWストーンという水晶のような石を取り出し、弓のような武器に装着。

 そしてゼグシオに向かってはなつ。


「うっ!」


 放たれたPWストーンはゼグシオの右腕を直撃する。

 PWストーンは爆薬の入った石で、ゼグシオに仕込んでおいた火薬が爆発する。


 そうしていよいよゼグロスの登場だ。


「ゼグシオ様っ!」


 高みの見物をしていたゼグロスは、負傷したゼグシオを見て思わず駆け寄る。


「ご無事ですか! ああ、ひどい怪我だ!」


 だが子供番組なので血しぶきが上がることも、グロテスクな傷跡を見せるわけでもない。ゼグロスの慌てぶりだけで怪我の酷さを表現する。


「ゼグシオ様、どうかここはお逃げ下さい。私がヤツを引きつけますから」

「何を言っている。お前にあいつが倒せると思うのか」


 ゼグロスは最初からゲキよわの設定だ。


「ゼグシオ様のためならこのゼグロスの命など惜しくはありません。さあ、早くお逃げ下さい」

「バカなことを言うな! ゼグロス、よせっ!」


 しかしゼグシオが止めるのも聞かず、ゼグロスはPWに向き合う。


「今度は私が相手だ! PW!」


 PWはストーンの弓を構える。


 ここからは地面に火薬を仕込んだ空き地を走り回らなくてはならない。

 順序通り走り抜けなければ、撮り直しになって火薬を仕込む所からやり直すことになるので、失敗は許されない。


 PWが弓を打つシーンは後から編集で入れ込むので、私1人がPWと戦ってるつもりで火薬の地点を順番に走り回る。


(まず一箇所目)

 砂の斜面を火薬の場所ぎりぎりに走りこむ。

 

 ズダーンンン!!!


 一番近付いた所で容赦なく火薬が爆発した。

 思った以上に凄い衝撃だった。


 体が吹き飛んだように見せるのだが、本当に爆風で少し吹き飛ばされた。


 地面に転がるのも束の間、すぐに起き上がり次の火薬地点へ。


 ズダーンンン!!


 今度もぎりぎりまで近付いたところで、火薬が爆発する。


「わああっ!」


 思わず声が出た。容赦ないにも程がある。

 今度は完全に爆風に吹き飛ばされた。


 地面に体が叩きつけられる。

 だが痛がってる場合ではない。

 次の火薬地点に行かなければならない。


 ヒールの靴で立ち上がり、次の地点に走る。



 その様子を見守りながら剛田監督は満足げに頷いていた。


「あいつ女のくせに根性あるな。あれだけ吹き飛ばされてるのに、火薬ぎりぎりまで近付いていきやがる。命知らずなヤツだな」


「あの……もしかしてあの子、火薬ぎりぎりまで近付かないとダメだと思いこんでるのかも。なるべく近くに行った方が臨場感はあるとは言いましたが、まさかあそこまで近付くとは……」


 スタッフが少し青ざめた顔で監督に耳打ちする。


「……」


 剛田監督も、まさかという顔で目をこらす。

 そして深く頷いた。


「うむ……。まあ、今さら止めるわけにもいかない。あいつの捨て身の努力を無駄にしないよう、いいを撮ることに全力を注ごう」


 いい画を撮るためには無慈悲な監督だった。




 そしてもう一人、ハラハラしている男が……。


「ゼグロスが最後の火薬に吹き飛んだ所でゼグシオが入って下さい。出来るところまでワンカットでいくつもりだそうですから」


 スタッフの説明にも答えず、蒼白な顔で爆風に吹き飛ばされるゼグロスを見守っている。


「あの……大丈夫なんですか? ホントに吹き飛ばされてるように見えるんですけど」

「あー、うん。まあ、起き上がってるから大丈夫なんじゃないの?」


「あちこち傷だらけになってるように見えるんですけど……」

「まあ、次で最後だから。次吹き飛んだら志岐くんが駆け寄って抱き寄せるシーンだからね」


 そして最後の火薬が爆発した。


 ズダダダ――ンンン!!


 最後の火薬は、また最強だった。

 ゼグロスの体が吹き飛ばされて、地面にドサリと落ちる。


 待ちきれないようにゼグシオが駆け出す。


「ゼグロスッッ!!!」


 駆けつけるなり、ゼグロスの私の体を抱き起こしぎゅっと抱き締められた。


(あれ? セリフの後で抱き締めるんじゃ……)


 息を切らしたまま、ぼんやりと思った。


 胸キュンで平常心でいられないかもと心配していたが、爆風の威力でそれどころではなかった。よくぞ生きていられたと、志岐くんの腕のぬくもりに命の重みを感じている。


「なんて無茶をするんだ……」


 ゼグシオの呟きと共に、志岐くんの腕に力がこもる。


 うっすらと目を開けると、抱き締める志岐くんの顔が見えた。

 それは心を締め付けるほど切ない表情で、ドキリとした。


「私のために……頼むから……こんなことをしないでくれ……」

 懇願に近いような声で呟く志岐くんに、心が波立つ。


「ゼグシオ……さま……」

 擦り傷だらけの右手を志岐くんの顔に伸ばす。


 その手を志岐くんはぎゅっと握りしめると、すっと顔を上げカメラ目線になった。


「今日はここまでだPW。ゼグシー・シールドッ!!」


 ゼグシオの掛け声と共に球状のシールドが張られ、編集で私達の姿は掻き消えることになっていた。


 それなら最初からゼグシー・シールドで逃げればよかったじゃないかという正論は、子供番組には必要ない。


 こうして監督の「カーット!」の声で爆薬シーンの撮影は終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る