第186話 仮面ヒーロー撮影
「おはよう、まねちゃん」
久しぶりに寮の地下の駐車場で
朝の5時から『仮面ヒーロー』の撮影に向かう送迎の車が待っていた。
今日はハードな屋外ロケだ。2人で車に乗り込んで出発した。
「2週間ぶりですね、志岐くん」
久しぶりの志岐くんは前にも増して素敵だった。
地下アイドル組にも韓流系のアイドル男子たちはいるが、やはり間近に志岐くんを見ると別格のオーラを放っている。そばにいるだけで心が潤う。
地下アイドル3組に編入して2週間が過ぎていたが、毎日毎日学校とレッスンの繰り返しで疲れ果てていた。でも一気にパワーが充電された気がする。
「急に地下アイドル3組に
「そ、それは……」
そういえば志岐くんは私と御子柴さんのスクープのことは知らないのだ。
これは極秘の話で、誰にも口外してはいけないと言われている。
「御子柴さんのマネージャーもしばらくやらないって聞いたけど、何かあった?」
いずれは復帰予定だが、スクープを撮られた罰として、ほとぼりが冷めるまで御子柴さんの仕事には付き添えないことになった。
その間は連絡を取り合うのも禁止だと言われて、私の携帯は違う番号のものと変えられてしまったので、今は田崎マネと社長しか番号を知らない。
でも仮面ヒーローとポップギャル誌のイザベルの仕事の時は、学校を休んで今まで通り仕事を続けることになっていた。
「御子柴さんは何か言ってましたか?」
御子柴さんが志岐くんになんと伝えてるのかと思った。
「珍しく落ち込んでたよ。自分のせいだって」
「い、いえ、御子柴さんのせいじゃありません。むしろ御子柴さんがいたから、まだ学園に残れたわけで……」
「もしかして野原田とか、白鳥苑さんが原因で?」
「野原田……あ……いえ、シンくんのことではありません」
あれほど厄介な相手だったのに、この慌ただしい2週間でシンくんのことはすっかり忘れていた。野原田と言われて、一瞬誰だっけと思ってしまった。
「私のことは心配しなくても大丈夫です。地下アイドル3組も最初はどうなることかと思ったけど、案外みんないい人で結構楽しく過ごせてるんです」
「楽しい?」
志岐くんは意外そうに聞き返した。
「はい。ちょっと1人気になる人がいるんです。その人がもうかっこよくて……」
「かっこいい?」
「はい。和希っていうんですけど、いろいろ問題が多い人なんだけど、もう放つオーラが他の人とは違うというか、志岐くんや御子柴さんに匹敵する人なんです」
「
志岐くんは一言呟いてから黙り込んでしまった。
「あ、そういえば地下アイドル3組でも志岐くんは有名でしたよ。今やってるドラマが好評で、志岐くんの大ファンだっていう人が何人かいます」
「……」
志岐くんは何かを考え込むようにまだ黙り込んでいた。
「あの……志岐くんこそ忙しくてストレスたまってないですか?」
私はふと、先日のクラスメートの言葉を思いだして、志岐くんの500円ハゲのあった位置を見つめていた。
車内に並んで座る今なら、手をのばせば志岐くんの髪をすくって見ることも出来そうだ。
前方を見たまま何かを考え込む志岐くんの横顔にそっと手を伸ばす。
そして柔らかな茶髪に指先が触れるかと思ったところで……。
切れ長の真っ直ぐな瞳が、振り向いて私に視線を合わせた。
「あっ! ご、ごめんなさい。い、糸くずがついてたから取ろうとして……」
しどろもどろで言い訳を並べる私を無視して志岐くんは尋ねた。
「地下アイドル3組には男子もいたんだっけ?」
「? はい。4人ですけどいます。同じ地下ステージにも曜日を変えて出てるみたいです」
「そっか……」
志岐くんはなぜかショックを受けた顔をして、再び前方を見たまま考え込んでしまった。
その無防備な横顔に再び手を伸ばしたくなるのを、私が必死でこらえているうちに車は屋外ロケ地に到着した。
◆
今日の撮影は、仮面ヒーローとゼグシオの派手なバトルのシーンだった。
毎話バトルシーンはあるのだが、ゼグロスの私が参加することはあまりなかった。
だが今回は、片思いのゼグロスがゼグシオの志岐くんを守ろうとして瀕死の大怪我をするというシーンがあるため、久々にバトルシーンに呼ばれたのだ。
爆薬も使ってかなり大規模なアクションがある。
「爆薬の位置はしっかり覚えておけよ。なるべく近くで爆発した方が臨場感は出るが、怪我はするな。志岐なんかは絶妙な位置で見事に吹っ飛んでくれるが、まあお前にはそこまでは期待してないから自分の能力で出来そうな範囲でやってくれ」
久々の剛田監督は相変わらず容赦なかった。
私が女だと分かってからも、時々意図して忘れているような言動が目立つ。
だが私には今回、爆薬シーンよりも緊張するシーンがあった。
なんと瀕死の重傷を負ったゼグロスをゼグシオが抱きかかえ、さらには抱き締めるという地下アイドル3組のみんなが知ったら絞め殺されそうなシーンがあるのだ。
ロケ地は東京近辺にこんな場所があったのかという、砂漠のようなだだっ広い空き地だった。
そこをとにかくハイヒールブーツで走り回らなければならない。
そもそもゼグロスの衣装はバトルが出来るような作りになってないのだ。
「火薬は思ったより弾けるから、あまり近付き過ぎない方がいいと思うよ。無理しないで」
メイクを済ませて私の隣にきた志岐くんが耳元で囁いた。
長い黒髪をなびかせて異世界王子に変身した麗しい志岐くんが私を見下ろしている。
いきなりの不意打ちに、心臓が飛び跳ねて危うく悲鳴を上げそうになった。
ひいいい。
一番無理なのは、心臓に悪いほど美しい志岐くんなのです。
その麗しさは垣間見るぐらいがちょうどいいのです。
急に横に立って耳元で囁くなんて反則技を使わないで下さい。
「どうかした、まねちゃん?」
「い、いえ。なんでもないです」
こんな調子で抱き締めシーンに耐えられるのだろうかと不安のまま撮影が始まった。
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