第185話 真音と和希

「ちょっとあなた。なんなの、そのダンス」


 地下アイドル組はステージのある日は、放課後になると2台のバスに別れて、1つは地下ステージへ、もう1つはレッスンスタジオへと向かう。


 ファイブエンジェルをはじめ、経歴が長く固定ファンを持つアイドルたちはステージに出るが、ファンが少なく歌やダンスが一定レベルに達してないメンバーはレッスンスタジオでひたすら練習をする。


 2週間に1度だけステージの隅に立たせてもらうチャンスがあるが、大した活躍もなくファンもつかなければ、次の2週間はまた練習に明け暮れる。その繰り返しのようだった。


 同じクラスからは7人がレッスンチームだった。

 その中に佳澄も和希もいた。


 少し大きめのダンススタジオのような場所で、ステージのない日はステージ組もここでレッスンするらしい。

 今日はダンスインストラクターの講師が1人で教えている。


 そしてレッスンが始まると、すぐに私が目をつけられて端に引っ張り出された。


「なんなの、そのロボットダンスみたいなのは! 真面目にやりなさい」


「い、いえ。とても真面目に踊っていますが……」


 ひそかに才能あるかもと思いながら踊っていたのにダメ出しされた。


「確かに動きは合ってるけど、なぜ全部ブツ切れなの? 流れるように次の動きにつなげてちょうだい」


「そ、そうは言っても……」


 どうやら殺陣たてを覚えるようにダンスの動きを覚えてしまうせいか、動きごとに静止してしまうクセがあるらしい。

 それがハタから見るとロボットダンスのように見えるようだ。


「しかもリズム感がないからぎこちなくて……驚くほど美しくないわ」

 容赦ない感想を述べられた。


「そんな……。こんなに完璧に覚えているのに」


 動きは何度か見ただけですっかり頭に入っている。

 殺陣の練習のおかげで動きを覚えるのは得意になっていた。

 仮面ヒーローの稽古では、初見しょけんで覚えなければ剛田監督に蹴り飛ばされる日々だった。


「きちんと覚えているのに、こんなに魅力のないダンスは初めて見たわ」

 ダンス講師は信じられないものを見たような顔で首を傾げている。


「あなたのダンスって和希と正反対なのよね」


「え?」


「ほら、見てごらんなさい」


 講師の指差す所で、和希がみんなに混じって踊っていた。

 しかしそのダンスは……。


「メチャクチャ……」


 たぶん何週間か前からレッスンしているはずなのに、周りのみんなと少しも揃わず、時々自己流の動きを勝手にとりこんで場を乱している。


 それなのに……。


「かっこいい……」


 20人ばかりの中に紛れているのに1人だけ輝いて見える。

 1度見たら、もう目が離せない。

 メチャクチャなのにずっと見ていたくなる。


「凄いでしょ。全然動きも覚えないし、周りと合わそうともしないし、勝手な動きを取り入れるし、ダンス講師としては褒められたもんじゃないけど……圧倒的な魅力があるのよ」


 地下アイドルの楽曲は、比較的可愛くて甘ったるい曲が多いのに、和希が踊ると目付きの鋭さといい、キレのある動きといい、世間への反抗心を訴える曲のようにさえ見える。


「あの子は誰かの後ろで踊るような子じゃないわ。バックダンサーは周りと合わせてこそステージの完成度を上げるけど、あの子じゃ不協和音を作りかねない。和希はセンターで踊ってこそ輝く子なんだと思うの。いいえ、センターでしか踊れない子だわ」


「じゃあ……」


「残念ながら先週ステージに立たせたようとしたけれど、リハーサルで春本さんから追い出されたわ。『夢見ゆめみ30サーティ』のステージを潰すつもりかって」


『夢見30』とはステージ組の総称らしい。


「そ、それじゃあステージには上がれないんですか?」

 あれだけの才能をもったいない、と思った。


「うーん、いろいろ考えてはいるんだけど、とにかくあなたと和希は、足して2で割るとちょうどいいのよね。和希は正しい動きをきちんと覚えて、あなたはリズム感と魅力ある流れを見習って。だからちょっと2人で組んでお互いに教え合ったらどうかと思うの」


「私と和希が……」


 それは夢のような申し出だった。


 しかし……。



「……」


 私と2人でスタジオの隅に隔離された和希は、明らかに不満げな顔で腕を組んでいる。


「なんで私がこいつと?」


 さすがの私でも落ち込みたくなるほど嫌がっている。


「和希は真音のダンスを見て、正しい動きを覚えて。真音は和希のなめらかな動きを見習うから。お互いに相手のダメなところを教え合ってちょうだい」


「は? こんなド下手に教わることなんか何もない!」


「あなたはもう少し周りに合わせるダンスが出来なければ一生ステージに立てないわよ。このままじゃ使い物にならないからグループにも加入できず夢見学園も退学することになるわ」


「……」


 和希はムッとして黙り込んだ。

 どうやらこの破天荒女子も退学になるのは困るらしい。


「さあ、向かい合ってお互いのダンスをよく見て。地下ステージの定番『夢見エンジェル』だけはきちんと踊れないとステージに上げるわけにはいかないの」


「ふんっ! 自由に踊れるなら、誰にも負けないのに……」

 

 和希の呟きにダンス講師も苦笑している。

 おそらく半分同感なんだろう。


 そして私も人を惹きつけるダンスというなら、きっと5エンジェルよりも優れているのだろうと思った。


 私と和希以外は、ダンス講師の下で他の曲を教わっている。


 2人だけ隅で『夢見エンジェル』のビデオモニターを見てひたすら踊ることになってしまった。


「あ、和希さん、そこ違います。右手は真っ直ぐ伸ばして斜めにおろすんです」

 私は講師に言われた通り、和希の間違いを指摘した。


「あ?」

 

 しかし極道の妻のごとき強烈な視線で睨まれた。


「だ、だから右上からこうです。刀を振り下ろすようにこうです」

 少しひるみながらも、私は正しい動きをやってみせた。


「刀を振り下ろす? こうか?」

 しかし刀のワードに興味を持ったのか、素直に直してくれた。


「そうです。それです。それから次は回し蹴りをするかと見せて左チョップ。これです」

 私は殺陣覚えの方法のままに和希に手本を見せた。


「回し蹴りをするかと見せて左チョップ。こうか?」

 和希は殺陣覚えが気に入ったのか、真似してやって見せた。


「そうです! 巧いです。すごくかっこいいです」


「そ、そうか?」


 褒められたのが嬉しかったのか、微かに笑顔を見せた。


(か、かわいい……)


 不機嫌な表情ばかりを見ていたせいか、少し笑っただけで百倍可愛く見えた。


「じゃあつなげてやってみましょう。最初から流しますね」


 横に並んで2人で一緒に踊ってみる。

 しかし和希はすぐに不機嫌になって踊りを中断した。


「あんた……へたくそすぎる……」

 和希は絶望的な視線で私に告げた。


「え? でも和希さんと同じ動きのはずですが……」

「そのド下手ダンスと一緒にするな! あんた、1つ1つの動きは綺麗なのに、なんで曲に合わせたらそんなに下手くそになるんだ!」


 和希はいらいらしたようにかすれた声で怒鳴った。


「な、なんでと言われましても、これでも一生懸命正しい動きを……」


「まずその敬語! 同級生なのになんで敬語?」

「で、でも私は編入してきたばっかりの新入りですし、和希さんとは……」


「和希でいい。ここは呼び捨てがルールなんだろ?」

「か、和希……」


 この圧倒的なオーラを前に、畏れ多い気もするが本人が言うのだから仕方ない。


真音まおと……だったか。私も真音と呼ぶから……」

 

 和希は少し照れくさそうに目をそらし、聞こえないぐらい小さな声で呟いた。


 このギャップ萌えはなんだろう。

 1つ1つの反応が可愛すぎる。


 なぜか恋する相手との距離が縮まったようにキュンキュンしてしまった。



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