第183話 芸能1組の噂話

「地下アイドル3組には、学園内でのいくつかの決まり事があります。まず朝は寮の前に7時45分に集合です。八木沢亜美さんのように芸能1組で活躍されているトップの人がだいたい1学年に1人いますので、全員でお出迎えして道中のファンから守るように登校します」


 昼休みに向かい合って弁当を食べながら、教育係の南ノ森みなみのもり佳澄かすみちゃんに注意事項の説明を受けていた。


「そ、そうなんですか?」


 そういえば亜美ちゃんが集団で登校しているところは何度か見たことがある。

 そして芸能1組になってからも、亜美ちゃんを送迎車で見ることはなかった。

 地下アイドルは、校門前で待つファンのために歩いて登校するのが慣わしらしい。 


 どうやら野球部なみの厳しい規律があるようだ。


「えっと真音は……電車通学ですか? 電車なら明日から駅で待ち合わせて一緒に寮まで行ってもいいですけど」


 佳澄はとても面倒見のいい人らしい。

 近くで見ると、吸い込まれそうな黒目が印象的な超美少女だ。


 長い黒髪も絹糸のようにつやがあって、動くたびにサラサラと流れる音がする。

 なぜ最下層の席に座っているのか分からない魅力的な子だ。


「いえ。私は実家が遠いので寮に住んでるんです」


「えっ!?」


 私が答えると、佳澄が驚きの声を上げた。

 その声と同時に、そばで聞き耳を立てていたクラスメートが一斉に私を見た。


「うそっ! 夢見学園の寮に? だって芸能1組の人しか住めないんじゃないの?」

「芸能クラスの人は住めるけど寮費がバカ高いって聞いたわよ」


「えっ、そうなの? だったら高くてもいいから住みたい」

「ねえ、どうやったら寮に入れるの?」


 あっという間にクラスメートに取り囲まれた。


「あ、あの……私は元々スポーツ9組だったので、入学から寮住まいだったんです」


「ス、スポーツ9組……」

「そ、その手があったのね……」

「盲点だったわ……」


 どうやらみんな寮に住みたいらしい。


「え? でもそれでどうして芸能クラスなの?」

「だいたい前は芸能1組だったっていうのはデマじゃなかったの?」


「い、一応……1ヶ月ほどでしたが芸能1組でした」


「うそっ! マジで?」

「じゃあ、じゃあ御子柴さんを見たことあるの?」

「普通に廊下を歩いてたりするの?」


 私と佳澄が向かい合って座る席に、食い気味にみんなが押し寄せてくる。


 どうやら目当ては御子柴さんらしい。

 どこに行っても御子柴さんの人気はやっぱりすごい。


「滅多に学校には来ないみたいですけど、来た日は普通に廊下も歩いてます」

 

 わざわざ説明するまでもないことだが、やはり一般人から見ると御子柴さんというのは雲の上の存在で、もはや架空の存在と言ってもいいぐらい遠い人らしい。


「じゃあしゃべったこととかあるの?」


「それは……」


 口ごもる私の代わりに他のみんなが答える。


「バカね。学年も違うのにしゃべれる訳ないじゃない」

「御子柴さんって馴れ馴れしくされるの嫌みたいだし」

「あの白鳥苑しらとりえんさんでさえ滅多にお話できないらしいわよ」


 セレブ枠の中でも別格の白鳥苑麗華は、ここでも有名らしい。


 まさかここで御子柴さんの専属マネで、芸能スクープまで撮られた相手だなんて言おうものなら袋叩きどころか半殺しに合いそうだ。


 絶対に言ってはダメだと心の中で誓った。


「じゃあ志岐しきくんは?」


「へ?」


 唐突に出た名前に思わず声が裏返る。


「そうそう。志岐くんもいるんでしょ?」

「私も最近一番注目してるのよ」

「あのドラマいいよね。『兄を訪ねて三千里』」

「そうそう。あんなお兄さんなら地の果てまでも探しちゃうわ」


 今ちょうど志岐くんのドラマが放送されている。

 天才子役の琴美ちゃんが主役のドラマだが、やはり志岐くんのイケメン兄に注目が集まってるようだ。


「『仮面ヒーロー』の悪役ゼグシオ様もやってるでしょ」

「あれもいいよね。完全に主役より人気出ちゃってるもんね」


 誰もその部下のゼグロスが私だとは気付いてないようだ。

 黒のアイシャドーと黒口紅の悪役メイクでは素顔はほとんど分からない。

 特に私は化粧をすると別人になるので気付かれることがなかった。


「私なんて実はメンズボックスも買ってるの」

「私も! 御子柴さんとのツーショットなんて神よね!」


 いつの間にか下界では志岐くんの認知度がずいぶん高まってるようだ。

 芸能1組にいる時は、周りみんなが凄くて当たり前のようになってたけれど、こうして一般人の中に入ってみると、今までがどれほど特殊な環境だったのかが浮き彫りになってくる。


「亜美ったら志岐くんと席が隣らしいわよ」

「いいなあ。あの子ったら結構汚い手を使って仕事をとってるって聞いたけど」

「そうそう。他の子のファンを奪うって有名だもんね」


 どうやら亜美ちゃんは別格の存在ではあるが、嫌われ者らしい。


「ねえ、志岐くんとは話したことあるの?」

「さすがに同じクラスだったら話すこともあったよね?」


「はあ……まあ……」


 まさか小学校から同じで、この学園まで追いかけてきたストーカー女だとは口が裂けても言えない。


「志岐くんって元は甲子園間違いなしって言われたエースピッチャーだったんでしょ?」

「怪我で野球は出来なくなったって聞いたけど、この短い期間に芸能界でこれだけ成功するなんて凄いよね」


「野球部の時はこんなイケメンだなんて全然気付かなかったけど」

「そうそう。500円ハゲのピッチャーなんて、ひどい噂もあったよね」

「あった、あった。今じゃあ茶髪の影の500円ハゲすら愛おしいわ」


 まだあの時代の志岐くんを覚えている人もいたのだ。

 あの頃は女子受けは散々だったけど、人の評価など今の状況で180度変わるものなのだ。


「それで、志岐くんのハゲは今もあるの?」

 クラスメートは私に尋ねた。


「し、知りませんよ! そんなこと!」


「あはは。そりゃあそうよね」

「クラスメートだからってそこまで失礼なこと聞けないわよね」


 聞くのはさすがに無理だが、そういえば今はどうなってるのだろうかと気になってきた。野球部時代はピンチになると撫ぜるクセがあったようだが、最近は触ってるところは見ていない。


 野球部時代ほどのピンチを感じることが無いのかもしれない。


 急に志岐くんに会いたくなってきた。

 しかし、そんな私達に1人だけトーンの違うハスキーボイスが降ってきた。


「男なんてイケメンぶってても、一皮ひとかわむけば皆おんなじだ」


 隣の席に座る和希が、片肘をついてつまらなそうにこちらを見ていた。


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