第七章 地下アイドル3組編

第181話 地下アイドル3組

「芸能1組からきました、神田川かんだがわ真音まおとです」


 なんでこんなことになってしまったのだと途方に暮れながら、私は地下アイドル3組の教室で挨拶をしていた。


 男子4人、女子10人ばかりの教室だった。

 芸能クラスは、どこも女子の比率が高い。


 だが、芸能1組や2組と違って空席は2つしかなかった。

 仕事で休んでいる子がほとんどいないということだ。


 地下ステージは、いつも学校が終わった夕方から上演されるらしい。


「え? なんで芸能1組から?」

「なんか問題でも起こしたの?」

「いや、そもそもなんであの子が芸能1組?」


 こそこそ話し合う声が聞こえている。

 どうもここの人達は、噂話の声がデカすぎるのだ。


「私、あの子知ってるわ。亜美が言ってたもん」

「え? 亜美と知り合いなの? 同じ芸能1組だから?」


「うん、なんで芸能1組にいるのかさっぱり分からないって言ってたけど」

「それで降格? まあ、あの地味さじゃ当然よね」


 最近の私は陸上をやっていた頃のガン黒は影をひそめ、元はこんなに白かったのかと自分でも驚愕するぐらい色白にはなったが、眉毛といいまつ毛といい、毛と名のつくものが全体に薄いせいか、すっぴんだと相変わらずの地味顔だった。


 髪は御子柴さんのマネージャーをやる時用に、男でも通用する耳出しショートカットだ。


 さすがに女子の制服を着ていると男子に間違われることはないが、女子力の高いこのクラスでは何の手入れもされていないボサボサ頭の地味女だった。


 こそこそ話し合う声はおおよその値踏みが済んだらしく、教卓の前に立つ私を冷ややかに見つめていた。

 どうやらここでも仲良くするつもりの人は一人もいないようだ。


「えっと神田川さんは、廊下側の一番後ろの空いてる席に座ってね」


 担任に言われ、さげずむような視線を受けながら一番後ろの席についた。


 隣の席は空席になっている。

 だが、机の中に教科書などが入っているのを見ると、今日は欠席らしい。

 空席の一つを私が埋めたので、今日唯一の欠席者のようだ。


 後ろから教室を見渡すと、クラスの全容が見えてくる。


 左端1列は、男子4人で韓流を彷彿ほうふつとさせるイケメン男子達だった。

 その右3列が地下アイドル女子だったが、どうやら一番前3人が実権を持ってるらしい。


 なんとなくだが、先生までもが前3人には気を遣っているのを感じる。


 そして休憩時間になると、さっそくその3人が私の前にやってきた。


「ねえ、あなたその地味顔で地下ステージに立つつもり?」

「芸歴は? 今までどんな仕事してたの?」

「ダンスできるの? 歌は? なにか特技でもあるの?」 


 3人の後ろで他の女子達も椅子に座る私を見下ろしていた。


「そ、それは、私も昨日辞令を言い渡されたところで、どういうことなのか……。スポーツは得意ですが、ダンスはあまりやったことがありませんし、歌は……下手だと思います」


 正直に答える私に、3人は明らかに迷惑そうにため息を吐いた。


「……ったく、春本はるもとさんは何を考えてるのかしら。和希かずきに続いて、こんな訳の分かんない子を連れて来て」


「かずき?」


「あんたの隣の席の子よ。今日も来てないでしょ?」

 3人は私の隣の空席を指差した。


「仕事で休みなんじゃ……」


「バカ言わないで。1週間前に転校してきたばかりよ。単独の仕事なんかあるわけないじゃない。グループへの加入だって2週間前に突然言われたんだから」


「そ、そうなんですか」


「新人のくせに愛想はないし、礼儀は知らないし。ホント迷惑してるのよね。そのくせ……」

 言いかけて、彼女は嫌なことを思い出したように口をつぐんだ。


「とにかく、この地下アイドル3組は超実力主義のクラスだから」

「実力?」


「そう。まずはダンスと歌の実力がある者。それから人気のある者、ファン投票の順位が高い者、グッズをたくさん売る者、握手会の列が一番長い者、そういう人がセンターを取って優遇されるの」


「そ、そうなんですか?」

 私が勝ち取れそうなものは1つもなかった。


「学園での立場もそれで決まるのよ。もちろん座席だって。2年のこのクラスでは私達最前列の3人がトップ3なの。覚えておいてね」


「私はサクラ。こっちがスミレ、彼女はラン。ステージでは例外をのぞいて下の名前を呼び捨てにする決まりだから」


「あなたは真音まおとね。教育係は佳澄かすみにするわ。いいわね、佳澄」


 佳澄と呼ばれた長い黒髪ストレートの子が、戸惑うように前に出て来た。


「で、でも私は和希の教育係ですから……」


 前髪まで同じ長さの腰まである黒髪は、真ん中で綺麗に分けられ、大きな黒目が頼りなげに潤んでいる。小柄でめちゃくちゃ可愛い子だった。


 癒し系で、ちょっとドンくさそうな雰囲気がまた愛らしい。


「あんたじゃ全然手に負えてないじゃない。完全になめられてるでしょうが!」

「す、すみません……」


 スミレに責められ、もう泣きそうな顔になっている。


「和希は私達3人がしっかり教育し直すからもういいわ。あんたは真音をしっかりしつけてちょうだい。今度もダメだったら静華しずかさんに言いつけるわよ」


「ひ……、そ、それだけはどうか許して下さい。がんばりますから……」


 佳澄は悲壮な顔で3人に懇願していた。


 静華さんというのは、レディースで言うところの総長なみの権力があるらしい。


 チャイムが鳴って休憩時間が終ると、みんなが席に戻っていった。

 教育係の佳澄は、私と同じ並びの最後列で、和希の隣の席だった。

 つまり最下層の立場らしい。


 私と目が合うと、遠慮がちにぺこりと小さく頭を下げた。

 なんだかいい人そうだ。


 その時。


 ほっとしている私の背にひゅっと風が吹いたかと思うと、隣の席の椅子がガタンと引かれて、ドカッと誰かが座った。


 いや、その席に座る人なのだから、おそらくさっき話題になっていた和希だ。


 あまりに突然の登場に、私も驚いたが、クラス全員の視線が集まっている。

 それはお世辞にも良心的なものではなく、悪意に満ち満ちていた。


 しかし、そんなものはお構いなしに机に突っ伏して居眠りの体勢になっている。

 みんなの視線が突き刺さっているに違いないだろうが、動じる様子はなかった。


(す、すごいツワモノだ……)


 顔は見えなかったが、ショートの髪は寝ぐせなのか少し乱れていて、制服から伸びた手足は長く見えるが、身長はさほど高くなさそうだ。


 どちらかといえば小柄な少年のような感じだった。


 それなのに、なんだろうこの存在感は。

 登場して机に突っ伏しただけで、教室全体に違う風を吹き込ませた。


 こんなオーラを放つ人を2人ばかり知っていた。


(御子柴さんと志岐くんと同じ空気感だ)


 なぜだか私はこの一瞬で、超態度の悪いこの人を好きだと思った。


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