第180話 真音の処分

「御子柴くんは、ああ言ったが何の処分もないとは思ってないだろうね?」

 社長は静かに告げる。


「は、はい。覚悟は出来てます」


 何度も何度も退学を覚悟してきたが、ついにその時が来たのだと思った。


「正直言うとね、御子柴くんのスクープはさほど問題ではない。御子柴くんは本人も言ってるように恋愛禁止ってわけでもないし、今までも何度か恋愛報道は出ている。男子高校生がちょっと遊びで付き合ってるんだろう程度の認識だ。ファンもそこまで目くじら立てないし、仕事にも影響はない」


「そ、そうなんですか……」

 私はホッと胸を撫で下ろした。


「何を安心してるんだね? 問題なのは君の方だと言ってるんだ」


「え? 私?」


「御子柴くんファンの怒りは相手の女性にいく。そして女性のスキャンダルは、男性よりもずっと大きな制裁を受けるんだ」


「だ、だって私は……ほとんど無名で……」


「御子柴くんのスキャンダル相手となれば一気に注目されて調べつくされる」


「調べつくす……?」


「君がイザベルだとバレて、これから公開の映画のヒロインだと分かったら、映画のイメージまでスキャンダルに染められてしまう。君は翔一筋の純真な少女の役だったんだろう? そこにスキャンダルの汚れたイメージがつく。それで映画がこけたら君のせいだ。その方が夢見プロにとって、打撃はずっと大きいんだよ」


「そ、そんな……」


「まあ、でも幸い、御子柴くんががっつり抱き締めていて、君の顔は見えない。スクープを撮った方も、シャツにチノパンの地味な服装だから芸能人と気付いてない。御子柴くんがファンの子に手を出したぐらいに思ってるみたいだ」


「よ、良かった……」


「我々も相手は一般人だと伝えている。そうなると、記者にとっては大して面白いスクープでもないんだよ。相手が公開前の映画のヒロインだとバレさえしなければね」


「じゃあ……」


「だが安心してこんなスクープを何度も撮られては困る」


「わ、分かってます。もう2度とこんなことにならないようにします」


「こんなことにならないとは?」

 社長は私の言葉を聞き返した。


「え?」


「君はまさか御子柴くんと恋仲になろうとしてるんじゃないだろうね?」


「恋仲……?」


 つぶやいてから私はブルブルと首を振った。


「ま、まさか……。そんな畏れ多いことを……。あの、そもそも写真としてはスキャンダルに見えますが、本当はそんなことを疑われるようなものではないんです。御子柴さんはマネージャーとしての私を必要として下さっていて、これも別に恋愛の絡んだハグではないんです」


「……」


 社長は私の真意を探るように黙って見つめている。


「あの……本当に、マネージャーをやってくれと頼まれただけで……」


「なるほど、それでいいだろう」


「え?」


「君がもし色恋に野心のある相手なら、無理矢理でも引き離すつもりだった。あの田中マネが君を御子柴くんのそばに置きたがるのも分かる」


「田中マネが?」


「彼は賢いマネージャーだ。恋愛でドロドロになる相手なら近づけないようにするだろう。君を容認するのは、今の御子柴くんにとって君が必要な存在だからだ」


「私が必要……?」


「そう。何十年もこの仕事をしていると、トップに上りつめたタレントが一気に堕ちていく場面も多く見てきた。トップに立ち続けるというのは想像以上に重責だ。そしてすべてを手に入れてしまった瞬間から、あらゆることに興味を失っていく。真っ先に興味を失うのが人間だ」


「人間?」


「誰も彼も言いなりで逆らわなくなる。チヤホヤされて、すべてを許されてしまう。苦言を言う人間を遠ざけても、甘やかしてくれる人間が大勢いる。居心地のいい人間ばかりを周りに集めて、やがて壊れていく」


「壊れて……?」


「手に入れたいのに思い通りにならない人間が必要なんだ。彼が興味を失わない存在が必要なんだ」


「そ、それが私だと言うんですか? まさかそんな訳……」


「君は御子柴くんにとってお気に入りのオモチャなんだよ」


「オモチャ……?」


「そう。とても気に入っていて手に入れたいオモチャだ。でもオモチャというのは、苦労して手に入れたはずが、遊んでみると案外面白くもなかったとガッカリすることも多い。そして部屋の隅に置き去りにされ、やがて廃棄される」


「廃棄……」


 そういえば御子柴さんの恋愛感って、とても冷たかった。


「君は決して手に入らないオモチャでい続けねばならない」


「わ、私にどうしろと……」


「君は、そういえば志岐くんを好きだったんだね」


 私の志岐くん愛は、社長には最初からバレている。


「す、好きなんて図々しいことは……。大ファンですけど……」


「それでいい」


「え?」


「そのまま志岐くんを好きでい続けてくれ。御子柴くんが何を言ってきても、情熱的に愛をささやいても、決して答えるな」


「じょ、情熱的に愛を……ってそんなことするわけ……」


「万が一にも御子柴くんと一線を越えるようなことがあれば、君は退学だ」


「退学……」


 その響きにひやりとしたが、じゃあ私の処分は……。


「私は退学しなくてもいいんですか?」


「今、君を御子柴くんから引き離したりしたら、それこそ彼は壊れる。それは彼自身もよく分かってるはずだ。だから君に固執するんだろう」


「そこがよく分からないんですけど、どうして御子柴さんが私に?」

 もっと夢中になるような美しい人なら、五万といる。


「勘違いするなよ、神田川くん。彼は人として君に興味を持っているだけだ。君が女を武器にしようとしたら、彼の気持ちは一気に冷めるからね」


「女を武器って……」


 武器に出来るようなモノがありません。

 すべてを総動員しても、ほぼ丸腰です。


「そして当然だが志岐くんと一線を越えてもらっても困るからね」


「な!」


 なんてことを言うんですか、社長!!


 志岐くんと一線なんて……。


 志岐くんと一線なんて……。


 ぎゃあああ!


 うっかり想像しそうになったじゃありませんか!


 美しい志岐くんがけがれてしまうところでした。


「あ、ありえませんっ!! 思ってもないです!」


「……」


 社長は少し気の毒そうな顔をして、納得したように肯いた。


「なるほど。田中マネが安心して君をそばにつけるのが分かってきた」


「え?」


「いや、とにかく、どの世界にいてもトップに君臨し続ける人間は、とても危うい薄氷はくひょうの上に立っているようなものだ。これが同レベルのライバルでもいればまた違うんだろうけどね。今のところ御子柴くんの独走状態だからね」


「はい、そうですね」


 見渡す限り御子柴さんのライバルになれそうな男性アイドルはいない。


「私の見る限り、御子柴くんをおびやかす存在になれそうなのは志岐くんぐらいだろう」


「は、はい! 私もそう思います」


「もし君が、御子柴くんのために何かをしたいと言うなら、志岐くんが御子柴くんのところに這い上がってくるまで、君が御子柴くんの手に入らないオモチャでい続けることだ。興味を失わないオモチャであり続けることだ」


「私が……?」


 そんな大それた役目を私が出来るのだろうか……。


「そのためには何があっても夢見学園に残れ! 芸能界にしがみついて意地でも御子柴くんのそばにいろ! 君の本業は、御子柴くんのマネージャーだ。出来るか?」


 私は気を引き締めて肯いた。


「私が……もし御子柴さんのために何か出来ると言うなら……頑張ります!」


「よし、いいだろう。ただし少しばかり君は芸能1組で目立ち過ぎた。処分は受けてもらわなければならない」


「え?」


 言ってることが違うけど、じゃあやっぱり退学なの?


「どんな処分がくだろうとも、御子柴くんのためにこの世界にしがみついてくれ」




 そして……。


 翌日、私はサラリーマンのような辞令を受けた。




『2年芸能1組  神田川 真音


 上記の者、地下アイドル3組への出向を命ずる』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る