第179話 黒い取引

「まったく迂闊うかつなことをしたもんだ。田中マネがついていながら何をやってるんだ!」


「申し訳ありません」

 田中マネが蒼白な顔で謝っている。


「田中マネは悪くありません。注意されたのに暴走したのは俺ですから。まねちゃんも悪くありません。全部俺のわがままで起こったことです。処分はすべて俺が受けます」


 御子柴さんがムッとして叫んだ。


「処分? 君が謹慎でもして仕事がすべてストップしたら莫大な損害になる。それが一番困るんじゃないか!」


「じゃあどうすればいいですか? 社長の指示に従います。だからまねちゃんはおとがめ無しにして下さい」


「い、いえ、私こそ……それほど仕事に大きな穴も空きませんし、私が処分を……」


「まねちゃんは黙っててくれ! 俺が勝手にしたことなんだから」


「で、でも……」


「もういいっ!!」


 社長はため息混じりに言い放つ。


「向こうもバカじゃないから、夢見プロの看板アイドルのネタを出すつもりはない。交換条件を提示されている」


「交換条件?」


「数ヶ月前に撮られていた、地下アイドルの熱愛スクープだ」


「ど、どういうことですか?」


 私は言ってる意味が分からなかった。

 田中マネが社長に代わって説明してくれた。


「前に地下アイドルの子が恋人といるところをスクープされた。地下アイドルは恋愛禁止だからね。糾弾されて、脱退しなければならない。でもちょうどその子をセンターにCDが発売される直前だった。その時にスクープを出されると大損害になる。だから金銭でもみ消していた」


「もみ消す……」

 そんなことが出来るんだ。


「だが、そのCDも無事発売されて、一通りの仕事は完了した。そしてすでにその子のグループ卒業が決まっている。今なら出してもいいだろうという打診がきた。御子柴くんのスクープを出さない代わりに、そちらのスクープを出させてくれって」


 そ、そんな裏取引が……。


 でもじゃあ私のせいで、そのアイドルの子はスクープを出されてしまうのだ。

 

「その地下アイドルの人は……どうなるんですか?」


「しばらく謹慎してもらう。卒業イベントを企画しようとしていたが、すべて中止だ。地下アイドルはクビだ。謹慎明けに自分で仕事をとってこれなければ、事務所も解雇だ」


「そ、そんな……」


 誰かの犠牲の上にスクープを止めてもらうなんて……そんなこと……。


「気にすることはないよ、まねちゃん。そもそも、その子だって恋愛禁止なのに破って撮られたんだ。もみ消せなかったら、とっくに芸能人生は終わってたんだ」


「だ、だからって……」


「大丈夫だよ。その子の謹慎が明けたら、俺の出る番組にバーターで出す。そこで干されないように、俺が道を作る。その先はその子の努力次第だけどね。それでいいでしょ? 社長」


 御子柴さんが、それで文句ないだろうという態度で社長を見た。


「天狗になるなよ、御子柴くん。なんでも力でねじ伏せられると思ってたら大きな落とし穴に落ちるぞ」


 社長は釘を刺すように静かに言った。


「天狗になんてなってません。そもそも俺は恋愛禁止の地下アイドルでもない! 時には誰かを抱き締めたくなることだってあるでしょ? 俺は心のないロボットじゃないんだ。犯罪者みたいに言わないで下さい」


 ムキになる御子柴さんに、社長はやれやれとため息をついた。


「まあいい、じゃあこれで解決としよう。君は朝一番でドラマの撮影が入ってるんだろう。もう行きなさい。田中マネもしっかりサポートしてくれよ」


「は、はい。すみませんでした」


「まねちゃんを解雇したりしないで下さいよ! そんなことしたら、俺もストライキしますから!」


 御子柴さんは立ち上がりながら、社長に念をおした。


「分かった分かった。早く行け!」

 社長はしっしと追い払うように手を振った。


「俺のマネージャーはやめさせませんから! まねちゃんには何の非もないんだから!」


 御子柴さんは、田中マネに引っ張られるようにして部屋を出て行った。



 そして……。


 部屋には私と社長だけになった。

 社長と2人きりで対面するのは初めてだ。


 嫌な予感だけが空間に漂っている。


 シンとした部屋で、社長はもう1度、ふうっとため息をついた。


 それから張り詰めた空気の中で口を開いた。


「では君の処分について話すとしようか」


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