第174話 すれ違い
「野原田のせい?」
「え?」
突然出た名前に私は御子柴さんが何を言いたいのか分からなかった。
「俺といるより野原田といる方が楽しいから?」
もう1度尋ねられて、ようやく何を聞かれたのか分かった。
「えっ? まさか! そんな理由でマネージャーを休んだりなんか……」
すると思ったのだろうか?
確かに弁当は作ったけれど、あれは泣かせたお詫びであって、シンくんと御子柴さんを天秤にかけたなら、御子柴さんに振り切れ過ぎて話にならない。
「あいつともう仲良くするな!」
「え?」
「あいつはまねちゃんを利用しようとしてるんだ。信用したらダメだ!」
「な、なにを……。シンくんは、そんな悪い人じゃないですよ。確かにズケズケ言うところはあるけど、それは子役時代から仕事をしていて人付き合いに不器用なだけで、シンくんはシンくんで苦労してるんです。シンくんは……」
「シンくんシンくん言うなっっ!!」
「!!!」
「その呼び方を聞くと気分が悪くなるっ!」
「……」
怒鳴るように
これほど怒っている御子柴さんは初めてだった。
「そんな
珍しく強い口調の御子柴さんもショックだったが、2人を心配させているという言葉ももっとショックだった。
「わ、私の心配なんて……御子柴さんがしなくていいです……。自分のことぐらい自分でちゃんと出来ますから……」
仕事で忙しい御子柴さんに、これ以上負担をかけたくなかった。
しかし御子柴さんは違う意味に受け取ったようだった。
「自分で出来てないから言ってるんだ! 心配するのすら迷惑だって言うのか!」
「め、迷惑なんて……まさか……。私のことは放っておいてくれていいって言ってるんです」
「放っておいて自分だけで芸能界でやっていけると思ってるのか! 俺がいなきゃ……」
言いかけた御子柴さんは、はっと口をつぐんだ。
私はその言葉の続きを簡単に想像出来た。
俺がいなきゃ芸能1組に入れるはずもなかったのに。
俺がいなきゃこの学園に残れるはずもなかったのに。
俺がいなきゃ芸能界にいられるはずもないのに。
「ち、違う。勘違いしないでくれ。恩を着せるつもりで言ったんじゃない。俺が必要だと思って欲しくて……」
「いえ、その通りですから気にしないで下さい。私もずっとそう思ってきましたから」
「違う! 俺が言いたいのはこんな言葉じゃなくて……」
「今まで本当にありがとうございました」
「ちょ……ちょっと待って、違うから。なんだよ、ありがとうって。最後の別れみたいな言い方しないでくれ」
「私の話っていうのは、今日でマネージャーをやめさせて下さいと言うつもりでした。だからハッキリ言ってもらえて良かったです」
「な! やめるって……でもマネージャーをやめたら仕事が……」
「はい。厳しいです。でも、それは御子柴さんが心配することではないです。みんな自分の力で頑張っています。私も自分で頑張らなければいけないのに、いつまでも御子柴さんに甘えていました」
「甘えればいいだろ? 俺がいいって言ってるんだから」
「御子柴さんは私のことなんかに時間を使ってはダメです。たくさんのファンが御子柴さんの次の仕事を待ってるんです。優しい御子柴さんが私を心配して使う時間をファンのために使って下さい」
「俺のマネージャーをするのが嫌になったのか? 野原田みたいなヤツと一緒にいる方が楽しいのか?」
「……」
私には、なぜ御子柴さんがシンくんをやたらに気にするのか分からなかった。
でも……。
それで御子柴さんが納得するなら……。
「そうかもしれません……」
御子柴さんはショックを受けたように黙り込んだ。
その時ピロリンと御子柴さんのスマホが鳴った。
「田中マネが下の駐車場に着いたみたいだ。下りよう」
私と御子柴さんは無言のまま、地下の駐車場までエレベーターで下りた。
御子柴さんの背中が怒っている。
もっと上手に言うつもりだったのに、どうしてこんなことになったのか……。
私はただ御子柴さんの
何かをひどく誤解されているような気がする。
弁解したいのに、何を言っていいのか分からないし、口を開けば涙がこぼれそうだった。
御子柴さんのいろんな言葉がショックで、本当にこれが最後の別れになりそうで怖かった。
まだ学校に行けば会えるだろうけれど、2度と目も合わせてもらえそうにない。
(もう御子柴さんと話をするのも最後?)
そこまでの別れの覚悟はして来なかった。
(何か少しでも弁解の言葉を……)
でも言葉を出す前に
きっと大泣きをして、また御子柴さんに迷惑をかけてしまう。
泣けば御子柴さんが放っておけないと知ってるから……。
だから余計に泣けない。
田中マネの車を探して2人で駐車場を歩いていく。
御子柴さんは黙ってドンドン先に歩いて行った。
その歩幅の大きさが怒りの大きさだと思った。
そして田中マネの車を見つけると、さっさと1人で乗り込んだ。
それでも私のために後部ドアは開いたままにしてくれていた。
私はそのドアから顔だけ覗かせた。
「私は……用があるので……ここで……失礼します……」
嗚咽を飲み込んで、ようやくこれだけは言えた。
「は? じゃあ途中で降ろすから乗ってけばいいだろ?」
御子柴さんの言葉が冷たい。
「いえ……大丈夫です……」
「一緒の車に乗るのも嫌なのか?」
もうダメだ。
これ以上しゃべると涙がこぼれる。
「……すみません……」
「じゃあ好きにしろっ!!」
バンッ! とドアを中から閉められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます