第172話 シンくんの誤算
「ほら、見て見て、真音。一気にフォロワーが3万人も増えたよ。さすが御子柴さんだよね。志岐くんもインスタに登場したのは初めてみたいで話題になってる」
昼休みのたびにシンくんは一緒に食べようと誘いに来る。
特に誰と食べるわけでもない私は、断る理由もなく多目的ルームで一緒に食べている。
今日は御子柴さんが仕事で休みなのを確認してきた。
気まずく出会うこともないだろう。
「よく2人が一緒に写真を撮ってくれましたね?」
インスタには満面の笑みのシンくんの後ろに、迷惑そうにそっぽを向いている御子柴さんと志岐くんが写っていた。
ちょっと不機嫌な顔が、レアものの写真としてすっかり話題になっている。
「昨日の朝ちょうど送迎車が一緒になったんだよ。ラッキーだったな」
「志岐くんはともかく、御子柴さんがその時間って珍しいですね」
いつも遅刻ギリギリか、下手をすると完全に遅刻する時間に出てくるのに。
多忙な御子柴さんだから先生もあまり厳しくは言わない。
「ほんっと偶然だったみたい。2人とも
「それで昨日のオーディションはどうだったの?」
シンくんはパンを頬張りながら尋ねた。
「全然ダメです。ドラマのヒロイン役だから、見たことのある女優さんもいっぱい受けにきていて、私なんてその場ですぐに落ちました。もっと脇役のオーディションでいいのになあ。前はもっと受かる可能性が少しでもありそうなちょい役のオーディションもあったのにな」
「それは無理だよ。だって真音は映画のヒロインをやったんだよ? 事務所としてもその格に見合ったオーディションを受けさせるんだ。だってこれから公開の映画のヒロインが、変なちょい役の仕事をしてたら、映画の格まで下がってしまうでしょ?」
「そ、そうなんですか? 道理で最近は大きなオーディションばかり応募して……だから書類審査すら通らないと思ってたんです」
知らなかった。
そんなからくりがあったなんて。
「だから僕だって下手に昔ク○ヨンしんちゃんで有名になっちゃったから、主役級のオーディションしか受けられない。脇役をやるには存在感がありすぎるんだよ」
「そうなんだ。シンくんも大変ですね」
「うん。でもちょっといい風が吹いてきたんだ。仕事が1つ決まりそうだよ」
「そうなの? 良かったですね!」
私は呑気にシンくんの成功を喜んでいた。
「真音はいいよね。仕事がなくても御子柴さんのマネージャーやればいいし」
シンくんの言葉に、私は少し気持ちが沈んだ。
「いえ……実はマネージャーはやめようと思ってるんです」
三分一マネもいるし、私がやる必要などどこにも無かった。
「え? な、なんで? だって仕事が無くなったらどうするの?」
シンくんは必要以上に驚いた顔で尋ねた。
「それは……確かにもう芸能1組でいられなくなるかもしれないけど……」
「せっかく御子柴さんがやってくれって言ってるんだから、やればいいじゃん」
「私も御子柴さんの言葉に甘えて今までやらせてもらってたけど、やっぱり中途半端な仕事で御子柴さんに負担をかけてはいけないと気付いたんです。私は……年下だし、御子柴さんが大好きで、ダメと思っても強く言えないんです。わがままも許してしまいたくなるんです。私はマネージャー失格なんです」
「でも……新しい仕事が決まらなければ退学することになるかもしれないじゃん」
「覚悟は出来てます。以前にも1度退学届を出したこともあるし。今までやってこれた方が奇跡なんです」
「ほ、本気で言ってるの?」
シンくんは何故か焦ったような表情になった。
「あ、でも、もちろん出来るところまで努力はしてみます。でも努力してもダメだったら、それは私の問題で、御子柴さんにその負担を負わせる訳にはいかないと気付いたんです」
「御子柴さんは負担だと思ってないかもしれないじゃん」
「そうですね。優しい人だから自分を犠牲にしても守ろうとしてくれるかもしれない。そんな御子柴さんだから、甘えちゃいけないと思ったんです」
シンくんは私の決意に動揺しているように見えた。
そして何故だか思いなおすように説得しようとしているみたいだった。
「言っとくけどね、真音」
「え?」
「あの人、そんな立派な人じゃないから」
「あの人って御子柴さんのことですか?」
「すっごい自己中だからね。真音のために我慢なんかしてないからね。自分のために真音をそばに置いて、自分のために離したがらないんだ。だから真音も利用してやればいいんだよ。遠慮する必要なんてないよ!」
シンくんは妙にムキになって言い募った。
「なんでそんなこと、シンくんに分かるんですか?」
「そ、それは……直感というか……」
シンくんは目を泳がせ、戸惑った表情になった。
「真音が本当にやめちゃったら困るんだよ……」
「え?」
「う、ううん。とにかく高校にいる間だけでも御子柴さんに甘えたらいいじゃん。ね? そうしなよ。退学なんてダメだよ。みんな悲しむよ」
「シンくん……」
シンくんが私の進退をここまで親身に心配してくれるとは思わなかった。
意外に親切な人なのかもしれないと、私はやっぱり呑気に考えていた。
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