第171話 男達の攻防
「うふふ。昨日のインスタは反響凄かったなあ。りこぴょんのファンがいっぱいイイねしてくれて、フォロワーも倍増だもんね。イザベルも私生活が謎だから、興味持ってくれたみたいだし」
いつもと同じく30分早く寮の部屋を出たシンは、フォロワーが激増したことにすっかり上機嫌だった。
「今日はイザベルとの2ショットをあげてみようかな。それとも真音と撮ってみようか。でも真音は無名の地味顔だからイイねつかないだろうしな。でもイザベルの正体が真音だって分かった時に反響くるかな」
エレベーターで地下に下りて、待機している送迎車に向かおうとしていたシンは、突然2人の大男に前方を立ち塞がれた。
「!!?」
180センチはある大男2人を見上げて、はっと青ざめる。
「おはよう、野原田くん」
「まねちゃんなら今日はオーディションで休みだよ。残念だったね」
「な!」
駐車場の柱の影から現れた2人は、鍛え上げられた体で腕を組んで行く手を阻んでいる。
「御子柴さん……。志岐くん……」
腕力では到底かなわない相手だ。
こんな時は可愛い男子で切り抜けるしかない。
「えー、そうなんですか? 一緒に行こうと思ったのになあ」
ほっぺを膨らまし、小首を傾げてみせる。
「まねちゃんの登校時間を狙ってたんだね」
「無邪気なフリして誤魔化せると思うなよ」
どうやらこの2人に可愛い攻撃は通用しないと、シンは内心焦っていた。
それでも芸能界で長くやってきたのだ。
顔には焦りを出さない。
「やだなあ、なんのこと? 僕は偶然この間会ったから、それからは真音と時間を合わせてるだけだよ。僕達友達になったんだもん」
「調べはついてるんだ。君が田崎マネの担当だったことは聞いてる」
「何が目的だ。まねちゃんをどうするつもりだ」
御子柴は田中マネに野原田のことを調べてもらって、昨日この事実を知った。
そして志岐に伝えると同時に、この時間帯に現れるだろうと予測を立てた。
すぐさま田中マネに真音の今日の予定を聞いて2人で待ち伏せていたのだ。
「目的とかやだなあ。僕は真音と仲良くしたいだけだよ。真音も僕と友達になりたいって言ってくれたし」
「嘘つけ! いきなり馴れ馴れし過ぎるんだよ。弁当つくるとかおかしいだろ! なんか弱みを握ってるんだろ!」
「何だか嫉妬してるみたいだよ、御子柴さん」
シンは余裕を見せるようにくすりと笑った。
「こいつ! この間はまねちゃんの前だから大人しくしてたが、今も同じと思うなよ!」
御子柴はシンの胸倉をぐいっと掴んだ。
「わっ! 暴力反対! 事務所に言いつけるよ!」
「ふん! そんな脅しがきくと思ってんのか! お前が姑息な手でまねちゃんに何かすると言うなら、俺だって全力でお前の芸能生活をぶっ潰してやる! 少々手荒なことをしてもな!」
御子柴の胸倉を掴む手にぐっと力が入る。
「御子柴さん。それ以上はダメです」
志岐が止めに入ろうとする。
「手を出すな、志岐! お前は第三者として見てるだけにしろと言っただろ! お前はまだ駆け出しの芸能人だから、暴力沙汰1つで簡単に干されるぞ。でも俺はこれぐらいのことで芸能界から消えない自信と実績がある」
シンはどうやら本気で自分を潰す覚悟の御子柴にヤバいと感じていた。
「な、なんで真音のために御子柴さんがそこまで……。ふつうの地味で平凡な子じゃないですか。まさか本気で好きなんですか?」
「お前にそんなことを答える必要はない! とにかくあの子に何かしたら許さないと言ってるんだ」
「じゃあ何もしない代わりに僕に仕事を下さい。バーターでもなんでもいいから」
「は? ふざけるな! 何で俺がお前に仕事をふってやらなきゃならないんだ!」
「じゃあせめてインスタにあげる写真を一緒に撮って下さい。御子柴さんとの2ショットをあげればフォロワー数が万単位で増えます」
「いい加減にしろよ。そこまでして売れたいかっ!!」
御子柴はシンの体を地面に叩きつけるようにして胸倉を離した。
シンの体は地面にどうっと倒れる。
志岐は禁じられ、手出しも出来ず見守ることしか出来なかった。
「……いよ……」
シンは倒れた体を起こしながら呟いた。
「は?」
御子柴と志岐は身を起こすシンを見つめた。
「売れたいよっ!! 悪い?」
あっさり本音を叫ぶシンを2人は睨みつけた。
「君達みたいに生まれながらの才能がある人には分からないんだ! どんなに努力してもオーディション1つ受からない僕の気持ちなんて! 売れてる頃はチヤホヤしていた大人達も、売れなくなった途端知らんぷりだ。こんな気持ち君達には分からないでしょ!」
「……」
確かに2人とも、最初から別格の存在感で次々に仕事が決まってきた。
「受けても受けてもオーディションに落ちる気持ちが分かる? この夢見学園だっていくら知名度があっても、仕事がなければ芸能2組に落ちて寮費も払えなくなって退学に追い込まれる。ギリギリで芸能1組にいる人間は必死なんだ! 仕事がとれるなら、どんなことだってやるよ! 使えるものは何でも使う!」
「だからってまねちゃんを巻き込んで黙ってる訳にはいかない」
「彼女を傷付けるなら、俺達はお前を潰す」
「2人とも何にも分かってないよね」
「何だと!」
「真音は君達といるより、僕といる方が楽なんだよ。崖っぷち芸能人の真音は、僕と同じ危機感を持って焦ってるんだ。僕の方がずっと真音の気持ちが分かる。真音は自分だけ売れずに置いていかれる恐怖をいつも感じているはずだよ。君達2人と一緒にいても真音は苦しいだけなんだ!」
「……」
2人にとっては考えてもいなかった現実だった。
自分達の大きな力で守ってあげれば真音は幸せだと思っていた。
でも、本当にそうなのか?
最近はどこか沈んでいる気がしていた。
いつもの快活さがなかった。
それはこの野原田のせいだと思っていたが、もしかして自分達のせいなのか?
分からなくなってきた。
「真音は友達になる時、僕に言ったんだ。『いつまでこの学園にいられるか分からないけど』ってね」
「!!」
御子柴と志岐は驚いたようにシンを見つめた。
「なんで分からないかなあ。真音は君達といるのが辛くなってきてるんだよ。だから最近避けてるんじゃないの? 嫌がってるのになんで気付いてあげないかなあ」
御子柴にも志岐にも身に覚えがあった。
前のように世話を焼いて来なくなった。
御子柴などは忙しいと嘘までついてマネージャーを断られている。
「ねえ、彼女がイザベルだって2人は知ってるんでしょ? 彼女は気付かれてないと思ってるけど」
シンは最後の仕上げとばかりに、切り札を出した。
「……」
2人の額にじわりと冷や汗が流れた。
そこまで知られているとは思わなかった。
「真音は2人に知られるのをとても恐れてたよ。きっと2人がもう知ってるなんて分かったら、凄いショックを受けるだろうね。もしかしたらショックで自分から学園を去るかもしれない」
「な!」
青ざめる2人に、シンはにやりと微笑んだ。
「あ、もちろん僕はそんなこと言ったりしないよ。真音を傷付けたくないもんね。友達だもん」
御子柴と志岐はいつの間にかシンの罠にはまってしまっていた。
もともと真っ直ぐに日の当たる道を歩いてきた2人だ。
子役時代から芸能界の汚い人間関係に揉まれてきたシンに対抗するには、まだまだ純粋過ぎた。
正義はいつでも勝つと信じている真っ直ぐ過ぎる2人だった。
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