第170話 シンくんの正体

「ごめんね、イザベル。まさか私がイザベルの専属になるなんて思わなかったから、つい担当のシンくんにいろいろ愚痴ぐちをこぼしててね……」


 田崎マネはバツが悪そうに、事の成り行きを説明してくれた。


「愚痴?」


「えっと、ほら、私は以前御子柴くんのマネージャーもやってたから、その……彼が必要以上に気にかけている子が気に食わなくて……」


 そういえば、田崎マネは御子柴さんの元カノだったんだっけ。

 だから御子柴さんの口ききで、分不相応に寮の芸能フロアに引っ越す私にやたらに冷たかったのを思い出した。


「田崎マネってばあの頃、すっごい真音を嫌ってたもんね。御子柴くんは何であんなブスをマネージャーにするんだって。大した仕事もしてないくせに、芸能フロアに引っ越したりしてって」


「ちょっと……シンくん、そこまで暴露しなくても……」


 田崎マネは青ざめて、必死で取り繕おうとしている。


 そうですよ、シンくん。

 いくら本当のことでもそこまで正直に言わなくていいです。

 何を言われてたか想像はつくものの、聞かされるとさすがにショックですから。


「おまけに僕の専属からイザベルの専属に変わることになって凄く落ち込んでたよね。本気で夢見プロをやめるって言ってたんだもん」


 そうだったんだ……。


「な、なんか、すみません……。全然知らなくて……」


 そんな私は蘭子の洗脳騒ぎでずいぶん迷惑をかけてしまった。

 それなのに文句も言わず、一時はつきっきりで私の世話を焼いてくれていた。

 嫌な相手でも、親身になって面倒を見てくれた。


 田崎マネは責任感が強く、意外にも情にあつい人だった。


「そ、そんな。イザベルが謝らなくていいのよ。私もこの数週間、一緒に仕事をしてみて、あなたを誤解してたと気付いたのよ。無鉄砲だけど一生懸命で、御子柴くんが応援したくなる気持ちが分かったの。だから今はあなたのマネージャーであることに不満なんかないのよ」


「田崎マネ……」


 なんだか嫌われてたショックより、田崎マネのその言葉が嬉しい気持ちの方が大きい。


 確かにいつ頃からか、言葉にトゲがなくなって、全力でサポートしてくれるようになった。


「ふーん、最近はイザベルの情報を教えてくれなくなったと思ったら、田崎マネまで味方につけちゃったんだ。みんな真音のどこがそんなにいいのかなあ」


 シンくんは気に入らないようにほっぺを膨らませている。


「もう、シンくん。そういうことをズケズケ言っちゃうから、芸能界に敵を作ってしまうのよ。そういうところを直していかないと、せっかくキャラ変しても、周りから潰されていくのよ。何度も注意してるでしょ?」


 田崎マネは母親が叱るようにシンくんに注意している。

 本当に相手のことを思っているから出る言葉だ。


「だって、今のマネージャーはそんなこと言わないもん。ぶっちゃけキャラも面白いかもしれないって言うもん」


 そりゃあ確かに面白いかもしれないけど、周りからは嫌われるだろう。

 あまり長続きの出来るキャラとは思えない。


「あっ! ク○ヨンしんちゃんだぴょん!」


 その時、ようやく着替えの終わったりこぴょんが、マダム・ロココと共に現れた。


「え? 知り合いぴょんか? ちょうど良かったぴょんよ。SNSにあげる写真を撮るから一緒に撮ろうぴょんよ」


「え、ホントに? 僕もイザベルと写真を撮りたかったんだ。撮ろう、撮ろう!」


 2人とも知り合って一緒に写真撮るまでが早過ぎないか?

 人との距離を簡単に詰め過ぎだろう。


「こらこら、先に撮影入るわよ。そういうのは後にしてちょうだい」

 スタッフに怒られて、私とりこぴょんはカフェでの撮影に入った。


 シンくんは田崎マネの隣で撮影を眺めて待つことにしたらしい。


 細かな彫り物の施された白テーブルに、ごちゃごちゃした刺繍の白い椅子。

 ティーカップはいかにも高そうな金の縁取りで、レースのランチョンマットの上にはフルーツの玉手箱のようなケーキの乗った皿。


 私とりこぴょんはカフェで語り合うというよりは、置き物の人形のようにティーカップを手にポーズを決める。


 私はこのイザベルも蘭子やゼグロスと同じように、私なりの解釈を持って演じることにした。

 真音の私には違和感だらけのイザベルも、演じるとなればポーズを決めやすい。


 本質は人形。

 心のなかったドールが、人の肉体を与えられ、わずかに目覚めた感情で人間世界の不思議を無表情に眺めている。


「わあ、いいですね。2人ともすごく世界観が出ていて素晴らしいです」


 佐野山カメラマンは褒めてモデルを引き立てる人だが、隣の編集長も満足気にうなずいている。


「うん。イザベルはずいぶん良くなったわ。映画のヒロインをやって一皮むけた感じかしら」


 良かった。

 新しい仕事は何1つ決まらないけれど、だからせめて今持ってる仕事は全力でやりたい。

 高校卒業までの2年間だけでも、仕事を保ってなければ退学だ。


 私も必死だった。


「ふーん、思ったより仕事はちゃんと出来るんだね」


 メイクを直している私に、シンくんが近付いてきてつまらなそうに呟いた。

 

 私の代わりに、横に立つ田崎マネが小声で念を押す。


「そうよ。イザベルも頑張ってるんだから、余計なことしゃべらないでよ、シンくん。私もあの頃はここまで大きい仕事をするようになるなんて思ってなかったから、ついペラペラと彼女のことをあなたにしゃべっちゃって反省してるわ。真音ちゃんがイザベルだってことは、みんな知らないんだからお願いよ」


「ホントにみんな知らないんだ。彼女も知らないの?」

 シンくんは、少し離れた所で衣装を直してもらっているりこぴょんを指差した。


「りこぴょんには言ってもいいって言われたけど、まだ言ってません」

 すぐにバレるだろうと思っていたが、案外バレないものだ。


「御子柴さんや志岐くんも知らないんだよね? マネージャーまでやってたのになんで?」


「あの……2人には今更言えないので絶対に黙ってて下さい」


 私が言うと、シンくんはにやりと嫌な笑い方をした。


「ふーん、いいよ。分かったよ。僕、口は固いから安心して」


 ものすごく不安です。


 撮影終わりにはりこぴょんと3人で写真を撮った。

 2人ともマジックのように自撮り棒をニョキニョキと伸ばして、いろんな角度から撮る。


「もうイザベル、笑ってぴょんよ。仲良さそうに見えないぴょんよ」


「撮影じゃないんだから、人形っぽくしなくて大丈夫だよ」


 りこぴょんと、シンくんは初対面なのに昔からの友人のように笑顔で撮っている。


「撮影終わりに偶然会ったシンくんと3ショットと……。イザベルは緊張で相変わらずの無表情っと。うん。いい感じに出来たぴょんよ」


 りこぴょんはさっそくSNSにあげたらしい。


「仲良しのイザベルとりこぴょんと一緒に撮ったよっと。両手に黒ゴスロリと白ゴスロリだねっと。うふふ、これはかなりの数のイイねゲットだよ」


 シンくんもりこぴょんに遅れること数秒でインスタにあげた。


 これで世間には、3人が友達認定されてしまったらしい。

 恐るべき時代になったものだ。


 りこぴょんとシンくんなんて、ほんのさっき会ったばかりなのに。


 虚飾きょしょく捏造ねつぞうの世界だった。


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