第166話 シンくんとのお出かけ②
「買い物にも付き合って欲しかったんだ」
ケーキ屋さんを出た後、シンくんは駅前のショッピングモールに向かった。
いろんなことに気付いてショックな私のことなどお構いなしだった。
「ほら、これ! 小顔ローラー。欲しかったんだ。でも男1人で買ったら変な目で見られるでしょ?」
どうやら乙女男子1人では出来ないことに付き合う女子が必要だったらしい。
私はため息をついた。
「用が済んだら帰ってもいいですか?」
「やだな。一緒に帰ろうよ。同じ寮なんだからさ」
シンくんは急いで会計を済ませて店から出てきた。
「誤解したかもしれないけど、真音と友達になりたいってのは本当だよ? またこんな風に一緒にお出かけしてくれる?」
にこっと下から可愛く口を尖らせて私の顔を覗き込んだ。
「嫌だと言ったら?」
私の返答に、シンくんはみるみる顔を強張らせる。
「えー。なんかムカつくから皆に真音のことバラすかも」
なんじゃ、それは!
そんな脅迫じみた友情ってあるのか?
「シンくんは今まで本当の友達を作ったことはあるの?」
寮への道を帰りながら、むかっとして少し辛辣な質問をした。
「……」
突拍子もない会話の流れとか、自分勝手な言い分とか……。
友達として付き合うのは疲れる人だ。
「弱みを握らなければ成立しない友情なんて、友情じゃないでしょ? そんな付き合いを続けたところで、
私は、はっと言葉を途切れさせた。
「えっ! ちょっと……、泣いてるの?」
まさかの高校生男子がしくしく泣いている。
しかもちょっと頼りなげで可愛い。
今まで志岐くんや御子柴さんや夕日出さんのような
「ち、ちょっと、なんで泣くのよ。そんなきついこと言った? 言ったんなら謝るから。ごめんなさい。ね? ごめんなさいってば」
志岐くんが泣かれるとどうしていいか分からなくなる気持ちが分かった。
異性に泣かれるというのは戸惑うものだ。
「う……ぐすっ。僕は子供時代を芸能界で過ごしたせいで、友達の作り方が分からないんだ。だって、黙っててもみんなが声をかけてくれて、シンちゃん、シンちゃんってチヤホヤされて、自分で努力しなくてもどんどん人が集まってきたんだ」
な、なるほど。
学校に行くヒマもないままに、人気子役として甘やかされてきたのだ。
一番大事な時期に友達を作る経験を出来なかったんだ。
「わ、分かったわ。ごめん、言い過ぎた。ずっと仕事をしてきて忙しかったのよね」
「うん……人とどうやって付き合ったらいいのか分からないんだ。ぐすっ。でも御子柴さんや志岐くんにも信頼されてる真音と一緒にいたら、人と上手に付き合えるようになるかと思って……。ごめんね。勝手だったよね」
「そ、そうだったの? わ、私の方こそ何も知らなくてごめん」
「もうこんな僕と友達になったりしてくれないよね? いいんだ。分かってる。でも皆にバラしたりしないから安心して」
「べ、別に友達にならないって言ったわけじゃないのよ。いつまでこの学園にいられるかは分からないけれど、私で良かったら……」
シンくんは途端に、ばっと晴れやかな顔を上げた。
「ホント? ホントに友達になってくれる?」
「う、うん。私でいいんなら……」
「やったああ! 真音がいいんだよ! 嬉しいっ!!」
シンくんは今まで泣いていた人とは思えないぐらい、笑顔で抱きついてきた。
なぜだかシンくんに抱きつかれても異性感がまるでない。
私より背が低いのもあるし、乙女男子のせいかもしれない。
手のかかる弟……というよりは妹が出来たような気分だ。
私はよしよしと背中を撫ぜて受け止めた。
「じゃあね! 真音! 明日は一緒にお昼を食べようね! 約束だよ」
寮のエレベーターの男子階で下りたシンくんは、扉が閉まるまで手を振り続けた。
「うん。じゃあ明日は泣かせたお詫びにシンくんのお弁当作ってあげる」
なんだか無邪気に懐いてくるシンくんに、私もまんざらでもなくなっていた。
「ホントに? すっごい嬉しい! やったああ!」
志岐くんや御子柴さんにとって疫病神の迷惑な存在なんじゃないかとショックを受けていただけに、私だけを頼りにしてくれるシンくんの存在に救われるような気がした。
夢見学園にいる自分に明るい展望が見えなくて、退学までのカウントダウンが始まっているような気がする。
だから……。
あとどれぐらい夢見学園にいられるか分からないけれど、出来ることなら誰かの役に立って去りたかった。
私はいろんなことに落ち込んでいて、大きな隙が出来ていることに気付いてなかった。
だから、扉が閉まった後、シンくんが呟いた言葉など気付くはずもなかった。
「ふふっ。ちょろい女……」
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