第162話 マネージャー失格 

 対戦相手は有名大学のサッカーチームだった。

 プロではないけれど、みんな相当に巧い。


 どう動くのかは決まっていたが、決まっているだけにボールを置きにいくような感じになってしまってスピード感を出すのが難しい。


 監督がOKを出しても、御子柴さんは納得出来ない様子で、もう1度やらせて下さいと言って撮影はどんどん延びていた。


「充分出来てるけどなあ……」

 私はスタンドからその撮影を見守っていた。


 5人抜きのドリブルも、他のサッカーシーンも完璧に出来ていた。

 今は一番の見せ場のフェイントからのシュートシーンだ。


 すでに10テイクはやって、監督はOKを出していた。

 しかし、御子柴さん的にはもっと出来るという思いが強いようだ。


「それにしても筋肉痛はあまり影響がなかったようで良かった……」

 ここから見ている限り、何の問題もないようだった。


「でも……やっぱりマネージャーとしてやっていくなら、三分一マネぐらいきちんと勉強してプロ意識を持ってやらないとダメだな……」


 きっと運動神経のいい御子柴さんは、これからも体の極限を強いるような役がくるだろう。それに対応出来ないようなマネージャーは必要ない。


 考え込む私は、わっと騒がしくなったグラウンドを見て我に返った。


 ゴール前で御子柴さんがうずくまっている。

 その周りに大勢のスタッフが駆け寄っていた。


「え?」


 右足を押さえる御子柴さんに取り乱した様子の三分一マネがあたふたと話しかけている。私は驚いてスタンドから体を乗り出して目をこらした。


「まさか……肉離れ……」

 その様子はどう見ても肉離れだった。

 

 サーっと血の気が引いていくのが分かった。


(私のせいだ……)


 三分一マネはこうなることまで予測して、きちんと計画を立てていたのに……。

 私の危機感が足りなかった。


 私は三分一マネを煙たがる御子柴さんに、いい気になってたんじゃないのか?

 御子柴さんにいい顔をして、気に入られてると調子に乗ってたんじゃないのか?


 本当にいいマネージャーとは、煙たがられても、嫌がられても、タレントのために嫌われ役になって苦言を呈するべきだったのに……。


 三分一さんは自分がどう思われようと、その姿勢を貫いていたのに……。

 私はどこかで自分の方が優位だと自惚れてたんだ。


 だからダメだと思っても止められなかった。


 夕日出さんと子供のように競う御子柴さんを……。

 志岐くんと楽しげにバスケをする御子柴さんを……。


 私は御子柴さんの体よりも、自分が見ていたかったのだ。


 担架に乗せられて運ばれていく御子柴さんをスタンドから呆然と見守ることしか出来ない。


 三分一マネもこうなってしまっては、医療チームに任せるしかない。

 トレーナーと言っても医者ではないのだから……。


 自分の手に負えない状況にしないために、三分一マネは厳しく管理していた。

 それを邪魔してしまったのは、すべて私の存在のような気がする。


 三分一さんが厳しすぎたんじゃない。

 私がプロの仕事を甘く見過ぎてたんだ。



「あの……御子柴さんの状態は……?」

 私は青ざめたまま、ようやくスタンドから医務室まで辿り着いた。


 医務室の前には心配したスタッフが大勢たむろしていた。

 その中には田中マネと三分一マネもいた。


「まねちゃん、大丈夫だよ。そんなにひどい肉離れじゃないから。ただ、今日はサッカーシーンを撮るのはもう無理だろうけどね。でも大事なシーンはほとんど撮り終わってるから心配ないよ」


 田中マネは私を安心させるように肩をポンと叩いてくれた。


「すみません……。私がジムに御子柴さんを連れて行ったりしたから……。体育の授業もオーバーワークに気付かなくて……」


「いや、まねちゃんのせいじゃないよ。御子柴くんも子供じゃないんだから、自分の責任でその程度の管理はすべきだったと反省してたしね。気にすること……」


「やっぱりあなただったのね!」


 慰めようとする田中マネの言葉を遮って、三分一マネが叫んだ。


 その場のみんなが驚いたように私達を見た。


「あなたが現れてから、順調にいっていたトレーニング計画がどんどん狂ってきたのよ! その上ジムに連れて行ったですって? 全力でバスケをするのを止めもしなかったの? 信じられない! そんなことでよくもトレーナーぶっていられたわね!」


「三分一マネ……」


「御子柴くんは結局、納得のいくシュートシーンを撮れなかったのよ! 演技者にとってこれほど残念なことはないわ! そうならないために、私がどれほど綿密に調整してきたのか! あなたに分かるのっ?! よくもっ……よくもっ……」


 三分一マネはツカツカと私の前まで来ると、パンッと平手で叩いた。

 気持ちの高ぶりを抑えられないように、さらに続けざまにパンッパンッと顔面を打った。


「ちょっ……三分一さん、やめなさい。まねちゃんのせいじゃない」

 田中マネが慌てて三分一さんを取り押さえた。


「だって……だって……御子柴くんはこのドラマに全力で取り組んでたから……。私も全力で支えてきたのに……この人が軽はずみに入り込んできたから……」


 三分一マネは泣きながら、まだ私に掴みかかろうとしていた。


「落ち着いて、三分一さん。あなたの気持ちも分かるけど……。こんなことをしたら御子柴くんはもっと傷つくから」


「この人は疫病神なのよっ! こんな人が側にいたら、御子柴くんが潰されてしまうわ! あんたなんかマネージャー失格よ!」


「わあああ!」と三分一マネは泣き叫んだ。


 私は打たれた頬を押さえながら、呆然とその言葉を胸に刻みつけていた。


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