第161話 三分一マネの怒り

「まねちゃんは彼に会ったことはないの?」

 

 今日は御子柴さんのサッカードラマに付き添って、朝から車で移動していた。


「野原田シンくんですか? ないと思うんですけど……、御子柴さんは?」


「彼がしんちゃん役でブレイクしてたのは、俺が芸能界に入る前だからね。夢見プロに移籍してたのも知らなかった」


 野原田くんは夢見学園に入学する関係で、半年ほど前に事務所を移籍していたらしい。

 

「最近は仕事がなかったみたいだから、あっさり移籍出来たみたいだよ」

 運転席で田中マネが教えてくれた。


「もうしんちゃんを演じられる年齢じゃないしね。知名度はあるけどしんちゃんのイメージが強すぎて、なかなか新しい仕事が決まらなかったみたいだよ。だから大きくイメチェンしたのかもしれない」


 知名度があることが却って足枷あしかせになることもあるらしい。

 芸能界で仕事を継続していくのは本当に難しい。


「じゃあどこでまねちゃんを知ったんだろう? メンズボックスのロケで見かけたとかかな?」


「私もそうかなと思ったんです。大物芸能人ってきっと御子柴さんのことですよね」

 彼は私が大物芸能人と交友関係があると思っている。


「後は大河原さんとか廉とか? 志岐はこれからだしな」


「大河原さん……」


 ……といるのは、ほとんどイザベルの時だ。

 そっちで知られていたら、事情を知っていて相談出来るのは夕日出さんぐらいしかいない。


「俺も野原田のことを調べてみるけど、まねちゃんも充分気をつけて。いざとなったら俺のマネージャーだってバレても全然いいんだけど、まねちゃんの風当たりが強くなりそうでちょっと心配かな……」


 御子柴さんは本当に優しい人だ。

 大スターなのに、こんな私の心配までしてくれるなんて。


 でもタレントに心配させるマネージャーなんて最低だ。

 野原田くんの問題は自分で解決しないと、と気を引き締めた。




 今日はちゃんとした競技場を借りて、サッカーの試合シーンを撮る予定だった。


 しばらくサッカーから離れていた御子柴さん演じる主人公が、やっぱりサッカーしかないと気付いて、練習を積んで華麗に復活する見せ場の多い撮影だ。


 相手ボールのカット、5人抜きのドリブル、フェイントをかけてのシュート。

 視聴者に御子柴さんの華麗なサッカーシーンを届ける夢の撮影現場だ。


 この重要シーンに三分一さんが来ない訳はなく、私にマネージャーとしての仕事はなかった。


「まねちゃんはスタンドで見ててくれるだけでいいから」


 名目はマネージャーとして付き添っているが、今日はただの見物客だった。


「まねちゃんが見てたら巧く出来そうな気がするんだ」


 さすがの御子柴さんも実際のサッカー選手を相手にした試合シーンに緊張しているらしい。少しでも御子柴さんの緊張がほぐれるならばと、田中マネが私をスタッフに入れてくれた。


 現場の競技場に着くと、すでに三分一マネがスタンバっていた。


「すぐに準備運動と、マッサージをしましょう」


 持参のマットを敷いて待ち構えていた三分一マネは私に気付いて嫌な顔をした。


「あら? あなたは何をしに来たの? 今日は私に一任して頂くように強く要望していたはずだけど」


 三分一マネは問い詰めるように田中マネを睨んだ。


「彼女は今日はスタンドで観戦しているだけだから、三分一マネにお任せしますよ」

 田中マネは苦笑しながら答えた。


「当然ですわね。他人に口出しされたら私の完璧なトレーニング計画が崩れてしまいます」


「三分一さんも、あんまり完璧にこだわらないで下さい。あんまり厳しく言われると、演技に緊張が出てしまうので」


 御子柴さんは、さっそくストレッチをしながら軽く牽制けんせいした。


「まあ! 御子柴くんは私にドーンと任せて自由に動いて下さっていいのよ。今日に標準を合わせて、ここまで完璧な計画で進めて来ましたの。すべての筋肉がベストコンディションで整っているはずですわ」


 三分一マネは満足げに御子柴さんのふくらはぎを見つめた。

 しかし……。


「あら? ちょっと待って、御子柴くん。マットに足を伸ばして座って下さい」

「え?」


 御子柴さんは首を傾げながら、言われた通りに座った。


 そして確認するように御子柴さんのふくらはぎを揉んでみて、愕然とした表情を浮かべた。


「これは……? ここに少し痛みはありませんか?」

 三分一マネが押さえたふくらはぎに、御子柴さんは少しだけ顔を歪めた。


「ああ。そういえばまだ筋肉痛が少し残ってるかな……」


「筋肉痛? まさか! 筋肉痛が残るようなストレッチはしてないはずです」

 三分一マネは青ざめた。


「ああ。いや、それはこの間ちょっとスポーツジムに行って……」

「あ……」


 私の呟きに目ざとく気付いて、三分一さんがギロリとこちらを睨んだ。


「スポーツジムですって? わたくし、そんなカリキュラムを組んだ覚えはございませんわ」


「ああ、うん。ちょっと運動したくなったもんだから……」

 御子柴さんが慌てて弁解している。


「な! なんてことを……。しかもちょっとじゃないですわね」

 三分一マネが責めるように問い詰める。


「す、すみません。ちょっとムキになってしまって……」


 ど、どうしよう。

 私にも責任の一端はある。

 私が夕日出さんのいるジムに連れて行ったりしたから……。


「あ、でも昨日の体育の授業のせいかもしれません。バスケの試合で白熱したから……」

 御子柴さんは私を庇うように話をそらそうとした。


「なんてこと……。せっかくの私の完璧なトレーニング計画が……。とにかくマッサージをして筋肉をほぐしますから、横になって下さい」


「大丈夫ですよ、三分一さん。プロ選手並のトレーニングをしたいとは言いましたが、実際にプロの試合をするわけじゃないんですから、そこまで神経質にならないで下さい」


 御子柴さんは言いながらも、大人しく三分一さんのマッサージを受けている。


「いいえ。ひどい肉離れでもおこしたらしばらく歩くことも出来ないですよ。そんなことになれば撮影にも、他の仕事にも支障が出ることになります」


「それはそうですけど……」


 なんだか私が責められているような気がした。

 実際、私を責めているのかもしれない。


 だって私はジムもバスケも止められる場所にいたのだから。

 でも楽しそうな御子柴さんを止められなかった。


 いや、私もそこまで厳しくしなくてもと心のどこかで思っていた。

 

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