第157話 両手にオオカミとサムライ

「俺も行く」

 車の中で御子柴さんは唐突に言った。


「え?」


「俺もそのジムに一緒に行く。トランポリンのあるジムに行ってみたい」


「え? でも撮影で疲れてるんじゃ……」

「今日はサッカーシーンも少なかったし、ちょっと物足りないと思ってたんだ。ひと汗かきに行きたい」


「でも勝手なことをしたら体を管理している三分一さんが……」

「関係ない! 絶対行く。もう決めた!」

 すっかり幼児になっている御子柴さんは聞き分けがなかった。


「もう……。じゃあ絶対無理しないで下さいね」



 そして案の定、夕日出さんは私の隣に御子柴さんを見つけるなり、不機嫌になった。

「なんでお前まで来るんだよ! 俺はお前なんか呼んでないぞ!」


「別に夕日出さんに呼ばれて来たわけじゃありませんから。俺もまねちゃんと一緒に少し汗を流そうと思っただけですから」


「はっは。ここは会員制のジムなんだよ。会員の招待なしには入れないんだよ。俺はお前を招待するつもりはないからな」


「俺も夕日出さんに招待されるつもりはありません」


 やっぱりこの2人は顔を合わせると喧嘩したくなるらしい。


「もう、ちょっと子供の喧嘩みたいなのやめて下さい。みんなが見てますよ」


 遠巻きにスタッフや会員の人達が有名人2人の痴話喧嘩に注目している。


「はん。強がってられるのも今のうちだ。行こうぜ真音。俺が招待したのは真音だけだからな」


「どうぞ、行って下さい」


 御子柴さんはぷいっとカウンターに行って、ハートの目になっているスタッフに声をかけた。


「すみません、飛び込みなんですけど、体験させてもらえますか?」


「は、はい! もちろんです! 今オーナーを呼んで参りますのでお待ち下さい!」

 女性スタッフは2つ返事で答えると、奥に呼びに行った。


 御子柴さんは勝ち誇ったように夕日出さんに笑いかけた。


「く、くそう……。知名度があることをダシに使いやがって……」

「使えるものは使うでしょう。当然です」


 ギリギリと2人で睨み合っている。

 本当にこの2人は、一緒になるといつもこうだ。


「ふんっ! 行くぞ、真音!」

「え、でも……」


 私はカウンターで待つ御子柴さんに振り返った。


「いいよ。先に着替えてて。すぐに行くから」

「は、はい。じゃあ先に行ってます」


 マネージャーの仕事で借りたジャージを着てランニングマシーンの所に行くと、すでに御子柴さんは高そうなブランドのトレーニングスーツを着てオーナーと一緒にいた。


 VIP待遇でウェアを借りて、揉み手で案内されている。


 さすが御子柴さんだ。

 御子柴さん御用達のジムだと噂になれば、顧客も増える。

 揉み手で案内したくもなるわけだ。


「まねちゃん、一緒に走ろう」


 御子柴さんはこちらにやって来て、私のマシーンの横に並んだ。

 反対の隣には夕日出さんが走っている。


「……」


 私を挟んでオオカミとサムライが無言で睨み合っている。


 ものすごく居心地が悪い。

 長距離の大会に出るよりプレッシャーがきつい。


「お二人はお知り合いですか?」

 ジムのオーナーが尋ねた。


「プロ野球の夕日出さんとお知り合いでしたか」


「名前を知ってるぐらいです」

「俺もテレビ見ないから、あんまり知らねえな」


 オオカミとサムライはお互いに言ってぷいっとそっぽを向いた。


 もう、ホントに気まずいです。

 ジムのオーナーも困った顔をしている。


 仕方なく黙々と走り続ける。


 そうして……。


 まさかの私が一番にリタイアした。


 蘭子の間すっかり朝晩のトレーニングもさぼっていたせいで、信じられないぐらい体力が落ちていた。それに比べて夕日出さんばかりか御子柴さんもきちんとトレーニングをしているらしい。こうなるとやっぱり男女の体力差が浮き彫りになってくる。


 トレーニングを怠けていたことを深く反省した。

 明日からはまた朝晩きっちりトレーニングしよう。

 いや、時間がある日はジョギングもしようと心に誓った。


「……って、ちょっと2人共! いつまで走ってるんですか!」


「御子柴より先にはやめないぞ」

「俺だって夕日出さんより先にやめるつもりはないです」


「ちょっと、もう! オーバーワークですよ! ストップ! そこまでです!」


 私は無理矢理2人のマシーンを止めてやめさせた。

 ジムのオーナーは黙々と走り続ける私達を見て、どこかへ行ってしまったようだ。


 もう、この子供のような2人の面倒は見きれないんだけど……。


「真音! 次は腹筋マシーンだ! 来いっ!」


 いや、それ私にじゃなく御子柴さんに言ってますよね。


 2人はマシーンに座るなり鬼のように腹筋を始めた。


「もう……ちょっと! やめて下さい! 2人とも無理して筋でも痛めたらどうするんですか!」


「こいつに負けるぐらいなら無理してでもやる!」

「俺だって夕日出さんには負けません!」


「夕日出さんはすでに一通り終わってるんでしょ。オーバーワークですって。御子柴さんはプロ野球選手に勝とうと思わないで下さいよ、もう!」


 ものすごく聞き分けの無い幼児2人だった。


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