第157話 両手にオオカミとサムライ
「俺も行く」
車の中で御子柴さんは唐突に言った。
「え?」
「俺もそのジムに一緒に行く。トランポリンのあるジムに行ってみたい」
「え? でも撮影で疲れてるんじゃ……」
「今日はサッカーシーンも少なかったし、ちょっと物足りないと思ってたんだ。ひと汗かきに行きたい」
「でも勝手なことをしたら体を管理している三分一さんが……」
「関係ない! 絶対行く。もう決めた!」
すっかり幼児になっている御子柴さんは聞き分けがなかった。
「もう……。じゃあ絶対無理しないで下さいね」
◆
そして案の定、夕日出さんは私の隣に御子柴さんを見つけるなり、不機嫌になった。
「なんでお前まで来るんだよ! 俺はお前なんか呼んでないぞ!」
「別に夕日出さんに呼ばれて来たわけじゃありませんから。俺もまねちゃんと一緒に少し汗を流そうと思っただけですから」
「はっは。ここは会員制のジムなんだよ。会員の招待なしには入れないんだよ。俺はお前を招待するつもりはないからな」
「俺も夕日出さんに招待されるつもりはありません」
やっぱりこの2人は顔を合わせると喧嘩したくなるらしい。
「もう、ちょっと子供の喧嘩みたいなのやめて下さい。みんなが見てますよ」
遠巻きにスタッフや会員の人達が有名人2人の痴話喧嘩に注目している。
「はん。強がってられるのも今のうちだ。行こうぜ真音。俺が招待したのは真音だけだからな」
「どうぞ、行って下さい」
御子柴さんはぷいっとカウンターに行って、ハートの目になっているスタッフに声をかけた。
「すみません、飛び込みなんですけど、体験させてもらえますか?」
「は、はい! もちろんです! 今オーナーを呼んで参りますのでお待ち下さい!」
女性スタッフは2つ返事で答えると、奥に呼びに行った。
御子柴さんは勝ち誇ったように夕日出さんに笑いかけた。
「く、くそう……。知名度があることをダシに使いやがって……」
「使えるものは使うでしょう。当然です」
ギリギリと2人で睨み合っている。
本当にこの2人は、一緒になるといつもこうだ。
「ふんっ! 行くぞ、真音!」
「え、でも……」
私はカウンターで待つ御子柴さんに振り返った。
「いいよ。先に着替えてて。すぐに行くから」
「は、はい。じゃあ先に行ってます」
マネージャーの仕事で借りたジャージを着てランニングマシーンの所に行くと、すでに御子柴さんは高そうなブランドのトレーニングスーツを着てオーナーと一緒にいた。
VIP待遇でウェアを借りて、揉み手で案内されている。
さすが御子柴さんだ。
御子柴さん御用達のジムだと噂になれば、顧客も増える。
揉み手で案内したくもなるわけだ。
「まねちゃん、一緒に走ろう」
御子柴さんはこちらにやって来て、私のマシーンの横に並んだ。
反対の隣には夕日出さんが走っている。
「……」
私を挟んでオオカミとサムライが無言で睨み合っている。
ものすごく居心地が悪い。
長距離の大会に出るよりプレッシャーがきつい。
「お二人はお知り合いですか?」
ジムのオーナーが尋ねた。
「プロ野球の夕日出さんとお知り合いでしたか」
「名前を知ってるぐらいです」
「俺もテレビ見ないから、あんまり知らねえな」
オオカミとサムライはお互いに言ってぷいっとそっぽを向いた。
もう、ホントに気まずいです。
ジムのオーナーも困った顔をしている。
仕方なく黙々と走り続ける。
そうして……。
まさかの私が一番にリタイアした。
蘭子の間すっかり朝晩のトレーニングもさぼっていたせいで、信じられないぐらい体力が落ちていた。それに比べて夕日出さんばかりか御子柴さんもきちんとトレーニングをしているらしい。こうなるとやっぱり男女の体力差が浮き彫りになってくる。
トレーニングを怠けていたことを深く反省した。
明日からはまた朝晩きっちりトレーニングしよう。
いや、時間がある日はジョギングもしようと心に誓った。
「……って、ちょっと2人共! いつまで走ってるんですか!」
「御子柴より先にはやめないぞ」
「俺だって夕日出さんより先にやめるつもりはないです」
「ちょっと、もう! オーバーワークですよ! ストップ! そこまでです!」
私は無理矢理2人のマシーンを止めてやめさせた。
ジムのオーナーは黙々と走り続ける私達を見て、どこかへ行ってしまったようだ。
もう、この子供のような2人の面倒は見きれないんだけど……。
「真音! 次は腹筋マシーンだ! 来いっ!」
いや、それ私にじゃなく御子柴さんに言ってますよね。
2人はマシーンに座るなり鬼のように腹筋を始めた。
「もう……ちょっと! やめて下さい! 2人とも無理して筋でも痛めたらどうするんですか!」
「こいつに負けるぐらいなら無理してでもやる!」
「俺だって夕日出さんには負けません!」
「夕日出さんはすでに一通り終わってるんでしょ。オーバーワークですって。御子柴さんはプロ野球選手に勝とうと思わないで下さいよ、もう!」
ものすごく聞き分けの無い幼児2人だった。
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