第156話 真音の一番したい仕事
「まあ! まあ、まあ、まあ! 何をしてるの!」
御子柴さんのマッサージをする私に、
「何ってマッサージを……」
「ああ、私がお弁当を取りに行ってる間に勝手なことを……。まああ、そんなところを揉んだら筋肉を傷めてしまうわ」
「え? でも私はいつも陸上の練習の後……」
「陸上とサッカーは違うの。ああ、これだから素人は嫌だわ。やっぱり私が来て良かった。大変なことになるところだったわ」
「え? でも……」
「さあ、どいてちょうだい。後は私がやるから、あなたはトイレ掃除でもしてきたらどうかしら?」
肉厚な手で押しのけられた。
「ちょっと、三分一さん。今日はもともとまねちゃんに頼んでたんだから、メインはまねちゃんなんです」
御子柴さんが慌てて割って入った。
「御子柴くんが同情する気持ちは分かるわ。さっき聞いた話だけど、まだ芸能人として大した仕事もないこの子に、仕事を作ってあげるためにマネージャーにしてあげたんですってね? 御子柴くんが優しいのは私もよく知ってますわ。でも国宝ともいえる御子柴くんの体の管理をド素人に任せてはいけないわ。ここは心を鬼にして、本当のことを教えてあげるべきよ」
「本当のこと?」
「ええ、ええ。私のマッサージとこの子のマッサージでは
「いえ、さほど違いは……」
「まあ、この期に及んでも庇うのね。本当に優しい人」
「いえ庇っているわけでは……」
「あなたも、御子柴くんをスターとして大切にしたいなら、身を引くということも覚えなくてはダメよ。時には身を引くのもマネージャーには必要な資質よ」
「ちょっと三分一さん……」
御子柴さんの口調が荒くなっている。
次の撮影シーンはサッカーへの想いを回想する切ないシーンだ。
気持ちが高ぶってしまっては役の感情に入り込むのに支障をきたす。
それは自分も蘭子に集中するのに苦労したからよく分かっている。
「み、御子柴さん。ここは三分一さんにお任せして、私は別の雑用をしますから」
「でもまねちゃん……」
「やっぱりマッサージはきちんと勉強したプロの方にやってもらった方がいいと思います」
私は御子柴さんの言葉を遮って側を離れた。
「じゃあちょっと外を見てきますので、あとよろしくお願いします、三分一さん」
ぺこりと頭を下げて控え室を出た。
マネージャー二人が顔を合わせればいがみ合ってたんじゃ、役に集中も出来ない。ここは確かに身を引いた方がいいような気がした。
それにやっぱり三分一さんの言う通り、自己流なのは否めない。
たまたま御子柴さんが自己流のマッサージを気に入ってくれていただけで、本格的に勉強した人から見るといい加減なのかもしれない。
「御子柴さんのマネージャーももうお払い箱かもなあ……」
芸能1組のことといい、自分の芸能生活は風前の
実際、新しい仕事は何一つ決まってなかった。
オーディションは最近では書類選考すら通らないらしい。
仮面ヒーローはそもそも志岐くんのゼグシオのおまけみたいな役だし、ゴスロリイザベルはマダム・ロココの気が変わればいつでもお払い箱の可能性はある。
そして映画ももうすぐ私だけ、先にクランクアップの予定だった。
芸能1組になったのに、学校に皆勤で行けそうな気がする。
でも、その学校にも居場所はなかった。
「私もきちんとトレーナーの勉強をして、夕日出さんのトレーナーに雇ってもらおうかなあ」
でも夕日出さんもさすがにプロ入りして忙しくなったのか、最近は音沙汰なしだ。
そんな矢先に突然夕日出さんから電話があった。
◆
「じゃあお疲れ様でした、三分一さん」
「うふふ。じゃあまた明日ね。御子柴くん」
三分一さんを最寄の駅で降ろすと、御子柴さんはぐったりと後部座席で
「ごめんな、まねちゃん。嫌な思いをさせて」
「いえ、別に御子柴さんが謝ることではないです。それに三分一さんの言うことも、もっともですから」
「だからってホントにトイレ掃除までしなくて良かったのに……」
「いえ、やることもなかったのでついでにやっただけです」
「じゃあ思ったより早く終わったし美味しいものでも食べて行く?」
御子柴さんはお詫びのつもりで誘ってくれた。
しかし……。
「いえ、実はこの後、夕日出さんと会う約束をしたんです」
「夕日出さんと? なんで?」
御子柴さんは少しむっとした表情になった。
「あ、いえ。夕日出さんは今、会員制のジムでトレーニング中でして、久しぶりに体を動かしに来ないかって誘って頂いて……。あの……トランポリンのある、会員でなければ行けないジムなんで私も久しぶりに体を動かしたいなって思ったんで……すみません」
なんだか謝った方がいいような気がした。
「それに、トレーナー養成の講習に紹介してくれるって言って下さったので……」
「トレーナー? 三分一さんの言ったことを気にしてるの?」
「はい。三分一さんの言う通りだと思ったんです。御子柴さんのマネージャーを続けたいなら、ちゃんと三分一さんに言い返せるだけの資格を持たなければダメだと思いました」
「それはつまり……俺のマネージャーを続けたいと思ってるってこと?」
「はい。め、迷惑ですか?」
やっぱり自分に出来る仕事で一番やり甲斐があるのは御子柴さんのマネージャーだと思った。
「……」
「あ、あの……嫌だったら他をあたります。夕日出さんのトレーナーも誘って頂いたことがあるし……」
無言の御子柴さんにあわてて弁解した。
「嫌なわけないだろ? めちゃくちゃ嬉しい」
ぽそりと御子柴さんはそっぽを向いたまま呟いた。
「え?」
心なしか顔が赤いような気がする。
て、照れてるの?
幼児になる御子柴さんは何度か見たけれど、またこれは……。
(かわいい……)
胸を打ちぬかれる。
な、なんて罪つくりな人なんだろう。
乙女心をくすぐる天才かもしれない。
そしてますます確信した。
この人のマネージャーとして生きていきたい。
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