第155話 三分一マネ 対 真音

「え? 三分一さんぶいちマネ、今日はオフでって連絡いってませんか?」


 現場に着くと、御子柴さんが驚いた声で若い女性に声をかけた。


(三分一マネ? じゃあ、この人が新しいマネージャー?)

 私は目の前の、人の三倍ぐらい大きな顔の女性を見つめた。


 しかし三分一って……。

 どこが三分の一だ。


 名前に負けてるのか勝ってるのか、突っ込みどころの多い女性だ。

 三分一というよりは三頭身さんとうしんさんじゃないか。


「御子柴くん。ええ、ええ、お休みしていいって聞きましたのよ。連日の仕事で私の体を気遣って下さる御子柴くんの気持ちはしっかり受け止めました。でも、私はプロですもの。御子柴くんの体の管理を一日たりともおろそかには出来ません。だから今日も、アスリート弁当を作ってきましたの。さあさあ、食べて下さい」


「い、いや、でも今日は別のマネージャーがいるから……」

 三分一マネは御子柴さんに言われて、初めて気付いたように私を見た。


「あら? こちらの方はもしや……?」


「ええ。三分一マネの前にマネージャーやってもらってた子です。これからは自分の仕事が無い時はマネージャーに復帰してもらうことにしたので、三分一マネもきちんと休みを取って下さい」


「はじめまして。神田川真音です。この度は、私のせいで急な仕事になってすみませんでした。これからは出来る限りマネージャーの仕事にも復帰しますので……」


 しかし言いかけた私の言葉をすぐにさえぎられた。


「あらあら、そんな心配はご無用よ。私は御子柴くんのためなら休み無く働いても全然平気なの。私はプロとして、御子柴くんの体の全責任を負って仕事をしてるつもりですから。ヘタに他の人に介入されて、せっかく万全に管理している体調を崩されては困ります。どうぞ遠慮なく、ご自分のお仕事に集中なさって下さい」


「でも三頭身さん……」


「三頭身ではなくて三分一です」


 しまった。

 つい心の中の名前が出てしまった。

 隣で御子柴さんが噴き出している。


「まあ来てしまったものは仕方ないから今日はいて下さっていいですけど、次からはちゃんと休みをとって下さい。お給料も出ないですよ」


「ええ、構いませんわ。私は御子柴くんのためなら無給でもいいんですの。御子柴くんの体のためなら、命だって懸けられますわ」


「いや、命まで懸けなくていいですよ……」

 御子柴さんは困ったように苦笑した。


 どうやら御子柴さんのストレスの原因がなんとなく分かった気がした。




「悪気がないのは分かるんだよ。でも熱過ぎる熱意が怖いっていうかさ……」


 ドラマの合間に、休憩室で私は久しぶりに御子柴さんの足をマッサージしていた。


 制服は着替えてジャージを貸してもらった。

 こうすると男装するつもりはなくても魔男斗に変身している。


 御子柴さんは、以前より数段筋肉が引き締まった気がする。

 三分一マネは確かに、御子柴さんの体をしっかり管理しているようだ。


「でも私は共感する部分はありますよ。私も御子柴さんのためなら命も懸けられるかもしれません」


「……」


「え? ……私も怖くなりました?」


 無言で考え込む御子柴さんに恐る恐る尋ねた。


「いや、不思議にまねちゃんに言われても嫌じゃないんだよな。……ていうかちょっと嬉しいな」


「何が違うんでしょう? 私としては外見はともかく、同類の匂いはプンプンしてます」


 御子柴さんはしばし考え込んだ後、寝そべっていた体をふいに起こした。


「たとえばこういうことだと思うんだ」


「え?」


 マッサージの手を止めて顔を上げると、御子柴さんの手が私の首に回っていた。

 そのまま見事に調和された顔が近付いてくる。


「ええっ?!」


 驚いて見つめる私にどんどん御子柴さんの顔が近付く。

 

「ちょっ……なにを……」


 あわてて避けようとした私のほっぺに、御子柴さんの唇が軽く触れた。


「ぎ、ぎゃあああ!」


 私はずざざざっ! と壁際まで飛びのいた。


「な、なんてことするんですか! はっ! 誰かに見られたら大変なことになります!」

 私はあわてて控え室の窓とドアの外を確認した。


「芸能記者に写真でも撮られたらどうするつもりですかっ! 大スクープですよ! しかも魔男斗相手だとホモの疑惑までついてきます! 御子柴さんの経歴に汚点がついたらどうするんですかっ!」


 御子柴さんは私の反応を見て、可笑しそうに笑っている。


「笑いごとじゃないですよ! くだらない冗談で芸能生命が絶たれたらどうするんですか! 自分の立場を考えて行動して下さい」


「くだらない冗談ねえ……。やっぱりそう思うんだ」


「何わけの分かんないこと言ってるんですか! もう、何の話をしてたのか分からなくなったじゃないですか」


「だからこういうことだって。もし三分一マネに同じことをしたら、たぶん目をつむって待ってそうな気がする。まねちゃんは待たないよね」


「あ、当たり前じゃないですか! 御子柴さんはタレントで、私はマネージャーですよ? 自分が踏み越えてはいけない一線は分かっているつもりです」


「踏み越えてはいけない一線ねえ……。それは志岐に対しても?」

 御子柴さんは頬杖をつきながら尋ねた。


「当然です。だいたい志岐くんはこんなおふざけはしません!」


「まあね、あいつはしないだろうな。するとしたら……本気なんだろうな……」



 御子柴さんの最後の呟きは、窓の外の芸能記者を窺う私には聞こえなかった。


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