第154話 急な仕事
針のむしろにいるような芸能1組での時間は、3時間目が終わった所で担任に呼び出されてとりあえず脱出できた。
「急な仕事が入ったから地下の駐車場に行ってくれる?」
職員室で告げられ、そそくさと帰り支度をする私を麗華様はじめ、皆が見ている。
「え? 仕事で早退?」
「……ってか何の仕事よ?」
「見栄張ってんじゃないの?」
みんながこそこそ話している声が聞こえる。
「ねえ、なべぴょんって何の仕事してるんですかぁ? 最近ポップギャルにも来てないしぃ。というか、最初の一回で干されたって話だけどぉ……」
亜美ちゃんがみんなを代弁するように尋ねる。
「い、いえ。私も突然言われて何の仕事なのか……」
映画は今日は出番がないって言ってたし、仮面ヒーローなら志岐くんも呼ばれるはずだ。ゴスロリイザベルの仕事だろうか。
一番前の席から麗華様が睨みつけている。
怖いです。もう許して下さい。
勘違いなんかしてません。
私が何の才能もないのは自分が一番よく分かっています。
「で、では、お先に失礼します」
私は逃げるように教室を出た。
◆
地下の駐車場には、いかつい黒塗りのクラウンが私を待っていた。
(ま、まさか芸能人として使い途のない私は、臓器売買に売られるのか……)
あの社長ならやりかねない。
「あの……失礼します」
恐る恐る後部席のドアを開けると……。
「!!!」
まさかの顔があった。
「み、御子柴さん……」
薄暗い車内なのに後光が輝いて見える。
朝と違って私に向かって微笑んでいる。
「久しぶりだね、まねちゃん」
「み、御子柴しゃんんん……」
ダメだ。
脳内ドーパミンがまたしても大暴動を起こしている。
風当たりの強い芸能1組の教室からの、この笑顔は刺激的過ぎる。
「う……うおーんん。おんおん。御子柴しゃあああんん!」
今回は胸ダイブではなく、久々の遠吠え泣きが出てしまった。
「ははっ! 大袈裟だな、まねちゃんは。とりあえず座りなよ」
御子柴さんの笑顔が温かい。
「ううっ。御子柴しゃん、まだ私のこと覚えて下さってたんですか?」
私は泣きじゃくりながら、後部座席に乗り込んだ。
「当たり前だろ。朝は、みんなの目があるから仕方なかったんだ。傷付けたならごめん」
「いえ、私の方こそいきなり胸ダイブなんかしてごめんなさい。久しぶりに御子柴さんを見たら、止まらなかったんです、うう」
「いや、ちょっと……というかかなり嬉しかったよ。びっくりはしたけどね。俺の方こそ忘れられたのかと思ってたから」
「御子柴さんを忘れられる女子なんていませんよ」
「良かったね、御子柴くん」
運転席から田中マネがミラーごしに声をかけた。
「あ、田中マネもお久しぶりです」
「うん。久しぶり。実はこの後、御子柴くんをドラマの現場に連れて行ってから別の仕事があってね。迎えの車は寄越すから、それまで僕の代わりにマネージャーやって欲しいんだけど、いいかな?」
「え? いいんですか? また私がマネージャーやっても……」
「うん、もちろん。まねちゃんさえ良かったら」
「で、でもすごい出来るマネージャーが新しくついたって……」
私はもう用なしだと思っていた。
「ああ、うん。確かに仕事は出来るんだけどね。御子柴くんが今日はどうしてもまねちゃんがいいって言って、向こうは休みにしてもらったよ」
「え? いいんですか?」
「まあ、タレントがストレスなく仕事できるのが一番だからね」
「ストレス?」
私は隣に座る御子柴さんを見た。
「まあ……悪い人じゃないんだけど……。なんか疲れるというか……。それにまねちゃんが心配だったし、話がしたかったんだ。今朝はあれから教室に入って大丈夫だった?」
「そ、それは……」
さすが御子柴さんは私がどんな状態になっていたのかお見通しらしい。
「白鳥苑麗華さんには、さっそく目をつけられてしまいました」
「さっき社長から連絡があったよ。新しく芸能1組に入ったストーカー女に俺が狙われてるけど大丈夫かって。白鳥苑さんから電話があったって」
「ええ?! もう?」
しかもストーカー女とまで……。
「なぜ彼女を芸能1組に入れたのかって抗議の電話だったらしい」
お、恐るべし、白鳥苑麗華。
本当に才能なき者は容赦なく叩き斬るつもりだ。
「も、もしかして私は退学ですか?」
「いや、それはないよ。仮面ヒーローもあるし、他の継続してる仕事もあるだろ?」
「そ、それは……」
そういえば御子柴さんにも何の仕事かは伝えてない。
聞かれたらどう答えようかと思っていたが、志岐くんと同じで御子柴さんもそれには触れなかった。
「継続中の仕事があるのにクビには出来ないよ。俺からも社長にはよく言っておいたから、心配ないよ」
「そ、それならいいですけど……」
私は首の皮一枚で、なんとか芸能1組に残留出来ているらしかった。
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